
| 【目次】 |
| はじめに:霊感商法という社会的病理 |
| 霊感商法の定義と本質 |
| 巧妙化する霊感商法の主な手口 |
| 被害者の心理とマインドコントロールのメカニズム |
| 霊感商法の歴史的背景と社会的影響 |
| 法的対抗策の進展:消費者契約法と不当寄附勧誘防止法 |
| 司法が断罪した実例:著名な裁判から見る違法性の認定 |
| 霊感商法から身を守るために:相談窓口と今後の課題 |
| 参照元 |
霊感商法は、単なる特殊な詐欺や悪質商法の一類型として片付けられる問題ではない。それは、人間の根源的な不安、すなわち不幸への恐怖や幸福への渇望、そして他者への信頼といった感情を巧みに利用し、個人の精神的・経済的基盤を根底から破壊する深刻な社会的病理なのである。この手法の本質は、個人の価値判断基準そのものを不当に変容させる勧誘を通じて、憲法で保障された思想・良心の自由や信教の自由を侵害し、継続的な寄付や高額な物品購入といった形で深刻な経済的被害をもたらす点にある。
日本において、この問題は1980年代から三十年以上にわたり社会問題としてくすぶり続けてきた。そして近年、ある衝撃的な事件を契機に、その根深い構造と社会への影響が再び国民全体の関心事として浮上した。本稿では、この霊感商法という現象を多角的に分析し、その定義、巧妙化する手口、被害者の心理的メカニズム、歴史的背景、そして法整備の進展と司法判断の実例を詳述する。これにより、一般市民がこの問題の本質を理解し、自らと社会を守るための一助となることを目的とする。これは、精神的な救済が商品化され、魂の平穏が金銭で取引されるという「救済の病理的私有化」とも呼べる現象への、包括的な解明の試みなのである。
霊感商法とは、事業者が霊感や超能力といった「合理的に実証することが困難な特別な能力」を持つと称し、消費者の抱える悩みや将来への不安に付け込んで、「このままでは重大な不利益が生じる」などと恐怖心を煽り、その不安を解消するためには特定の物品の購入やサービスの契約が不可欠であると告げて、不当に高額な契約を締結させる悪質な商法である。
具体的には、「あなたには悪霊が憑いている」「先祖の因縁が不幸の原因だ」といった根拠のない精神的な問題点を捏造し、その唯一の解決策として、市場価値とはかけ離れた価格の壺、印鑑、数珠、多宝塔といった物品や、除霊・祈祷といったサービスを売りつけるのが典型的な手口だ。その核心的なメカニズムは、人為的に恐怖を創出し、その恐怖からの「解放」を商品として販売する点にある。
法的に見れば、霊感商法は正当な宗教活動とは明確に区別され、悪質商法の一形態として扱われる。その行為は、社会的に許容される範囲を逸脱した欺罔(ぎもう)や威圧、困惑といった手段を用いており、被害者の財産権や自己決定権を侵害する不法行為に該当すると判断されるのが通例である。
司法の場で問題とされるのは、その教義の内容や真偽ではなく、あくまで勧誘や販売の「方法・手段」である。被害者の心理的弱みに付け込み、正常な判断ができない状況に陥れて契約を迫る行為そのものが、社会的相当性を欠く違法なものと評価されるのである。このため、民法上の不法行為に基づく損害賠償請求や、後述する消費者契約法に基づく契約の取消しが可能となる。
霊感商法を行う団体は、しばしば自らの活動を「宗教活動」であると主張し、日本国憲法が保障する「信教の自由」を盾に、法的介入を免れようと試みる。しかし、司法判断は、信教の自由が決して無制限ではないことを一貫して示してきた。
裁判所は、特定の教義や信仰内容そのものの正当性を判断することは避ける一方で、その布教や資金調達の「行為」が社会の法的秩序と相容れない場合には、違法性の判断を下してきた。特に、勧誘の初期段階で宗教団体であることを隠蔽する「正体隠し勧誘」や、客観的根拠のない因縁話で不安を煽り立てる行為は、個人の自由な意思決定を阻害するものであり、信教の自由の保障する範囲を逸脱した違法な行為と認定されている。
この司法の姿勢は、信仰内容(belief)と外部的行為(conduct)を区別する「ビリーフ・コンダクト二分論」に近い法的判断枠組みを形成していると言える。つまり、内心における信仰は絶対的に保障されるが、それが勧誘、献金強要といった外部的な行為として現れ、他者の権利や自由を違法に侵害する場合には、法の規制対象となるのである。この境界線の設定こそが、信教の自由を尊重しつつ、霊感商法被害者を救済するための法的根幹を成している。
霊感商法は、衝動的な犯行ではなく、ターゲットの心理を段階的に支配していく、計算され尽くした体系的なプロセスによって実行される。その手口は、被害者の警戒心を解き、思考力を奪い、最終的に高額な支払いに応じさせるための巧妙な罠なのである。
このプロセスは、多くの場合、街頭アンケートや無料の占い、自己啓発セミナーといった、一見すると無害な接触から始まる。ここでの目的は、悩みや不安を抱えている人物を選別し、家族構成や職業、悩みといった個人情報を収集することにある。次に、親身に相談に乗るふりをして信頼関係を構築し、徐々にターゲットを既存の人間関係から孤立させていく。そして、十分に信頼を得たと判断した段階で、本性を現し、恐怖心を植え付ける段階へと移行する。この一連の流れは、被害者を徐々に追い込み、正常な判断ができない心理状態を作り出すための「マインドコントロール・ファネル」と呼ぶべきものである。
表1:霊感商法におけるマインドコントロールの段階
| 段階 (Stage) | 目的 (Objective) | 主な手口 (Primary Tactics) | 被害者の心理状態 (Victim's Psychological State) |
|---|---|---|---|
| 1. 接触・選別 | ターゲットの選定と個人情報の収集 | 街頭アンケート、無料占い、姓名判断、自己啓発セミナー | 警戒心が薄い、軽い興味、悩みを抱えている |
| 2. 関係構築・情報深化 | 信頼関係の構築と弱点の特定 | 親身なカウンセリング、共感、秘密の共有、閉鎖的空間への誘導 | 信頼感、安心感、「この人だけが理解してくれる」という錯覚 |
| 3. 不安の植え付け | 恐怖心を煽り、正常な判断力を奪う | 「悪霊がついている」「先祖の因縁」「このままでは家族が不幸になる」 | 恐怖、混乱、焦燥感、超自然的な原因への帰属 |
| 4. 解決策の提示 | 高額商品・サービスを唯一の救済策として提示 | 「この壺だけが救う」「特別な祈祷が必要」「これはあなたへの特別な啓示」 | 藁にもすがる思い、救済への期待、他の選択肢が見えない |
| 5. 契約強要・孤立化 | 即時決断を迫り、外部への相談を遮断 | 「今決めないと手遅れ」「人に話すと効果が消える」、長時間の拘束 | 思考停止、疲弊、サンクコスト効果(ここまで投資したのだから)、社会的証明 |
加害者が用いる言葉は、被害者の心理を巧みに操るために練り上げられている。以下は、その代表的な言説である。
「あなたには悪霊がついている」
「このままでは家族に不幸が降りかかる」
「先祖の因縁を断ち切らなければならない」
「守護霊からのメッセージを受け取った」
「今すぐ決断しないと手遅れになる」
「人に話すと運気が逃げる」
これらの言説には共通する特徴がある。第一に、霊や因縁といった、科学的に反証不可能な概念を持ち出すことで、被害者の反論を封じ込める。第二に、家族の不幸といった、人が最も恐れる事態をちらつかせることで、強い恐怖心と焦燥感を引き起こす。特に、家族への愛情や責任感を利用する手口は極めて悪質である。第三に、「今すぐ」「人に話すと」といった言葉で、冷静に考える時間や第三者に相談する機会を奪い、孤立した状況で即断即決を迫るのである。
近年、霊感商法の手口も時代に合わせて進化し、オンライン空間へとその活動の場を広げている。SNSやマッチングアプリを利用して長期間にわたってターゲットと関係を築き、信頼させた上で金銭を要求する手口や、無料のオンライン占いを入り口として、より高額な鑑定や商品販売へと誘導するケースが報告されている。
デジタルの匿名性や手軽さは、加害者が身元を隠しやすく、また被害者が心理的な圧力を感じやすい環境を提供する。物理的な接触がなくとも、チャットやビデオ通話を通じて、対面と同様の心理的支配を確立することが可能なのである。これは、霊感商法の本質が物理的な商品にあるのではなく、情報と心理の巧みな操作にあることを示している。
霊感商法の被害に遭うのは、決して特別な人や判断力が欠如した人だけではない。むしろ、人生の転機や困難な状況に直面し、心理的に脆弱になっている人であれば、誰でもターゲットになりうるのである。
加害者は、人の弱みを見抜くことに長けている。具体的には、近親者との死別、自身の病気や家族の健康問題、仕事上の悩み、将来への漠然とした不安、社会経験の乏しさといった状況にある人々が狙われやすい。特に、孤独感を抱え、周囲に相談できる相手がいない人は、加害者の親身な態度に心を許しやすく、依存関係に陥りやすい傾向がある。大学進学や就職で親元を離れた若者が、新たな環境への不安からカルト的な団体の勧誘の標的となるのも、同様の構造である。
加害者は、被害者の正常な判断能力を麻痺させるために、様々な心理学的なテクニックを駆使する。初期段階で過剰な優しさや賛辞を浴びせて相手を魅了する「ラブ・ボミング」、恐怖や混乱を意図的に引き起こして理性的思考を停止させる手法などが用いられる。
さらに、人間が持つ認知バイアスも巧みに利用される。例えば、最初は無料相談や安価な商品から始め、徐々に要求をエスカレートさせていくのは、「一貫性の原理」を利用したものである。一度小さな要求を受け入れると、その後のより大きな要求を断りにくくなる心理を利用するのである。また、被害が進行し、多額の金銭を支払ってしまった後には、「ここまで支払ったのだから、今やめたら全てが無駄になる」という「サンクコスト効果(埋没費用効果)」が働き、被害から抜け出すことを一層困難にする。これらのテクニックを組み合わせることで、被害者は自らの意思で選択していると錯覚しながら、実際には加害者に心理的に服従させられていくのである。
霊感商法の最終的な目的は、被害者からの徹底的な経済的搾取である。被害者は、けしかけられるままに貯蓄を切り崩し、保険を解約し、不動産を売却し、さらには借金をしてまで献金や物品購入を続けるケースが後を絶たない。その結果、自己破産に追い込まれるなど、生活基盤が完全に破壊されてしまう。
しかし、被害は経済的なものに留まらない。より深刻なのは、精神へのダメージである。加害者は、被害者の過去の不幸や現在の悩みを「本人の罪障」や「先祖の悪因縁」のせいであると繰り返し説き、罪悪感を植え付ける。そして、高額な対価を支払うことでしか救われないと信じ込ませる。このプロセスを通じて、被害者は自己肯定感を徹底的に破壊され、「この人(団体)の言う通りにしなければ自分は救われない」という強い依存状態に陥る。この精神的支配こそが、長期にわたる経済的搾取を可能にする根源なのである。
日本において霊感商法が社会問題として広く認知されるようになったのは、1980年代のことである。その中心的な担い手として指摘されてきたのが、世界基督教統一神霊協会(旧統一教会、現・世界平和統一家庭連合)であった。
彼らの活動は、単発的な詐欺事件ではなく、教団の資金獲得を目的とした、マニュアルに基づく組織的なものであったことが、後の裁判などで明らかになっている。「先祖の因縁を解く」などと称して高額な壺や多宝塔を販売する手法は、当時から大きな社会問題となり、多くの被害者と家族を苦しめ、弁護士らによる被害対策の取り組みが始まった。この時代に、霊感商法という言葉が定着し、その悪質性が社会に警鐘を鳴らすこととなったのである。
長年にわたり社会問題であり続けた霊感商法と、旧統一教会をめぐる問題は、2022年7月8日に発生した安倍晋三元首相銃撃事件によって、日本社会に前例のない衝撃と共に再燃した。犯行の動機が、母親が旧統一教会へ多額の献金をしたことで家庭が崩壊したことへの恨みにあったと報じられたことで、この問題は単なる消費者問題や宗教問題の枠を超え、政治と宗教の不透明な関係性をも問う、国家的な議題へと発展したのである。
この事件が社会に与えた影響は計り知れない。それまで「騙される側にも問題がある」といった自己責任論で語られがちだった被害者の姿が、事件を通じて、 predatory(捕食的)な社会構造の犠牲者として再認識されるようになった。家庭崩壊と二世信者の苦悩という、具体的で悲劇的な物語が国民の共感を呼び、これまで何十年も被害者や弁護士たちが訴え続けてきた問題の深刻さが、ようやく社会全体で共有された。この世論の劇的な変化が、後述する迅速な法整備へとつながる最大の推進力となったのである。
霊感商法や過度な献金の被害は、個人の経済的破綻に留まらず、家族関係そのものを崩壊させる。親が収入のほとんどを献金につぎ込み、家族が生活苦に陥る、あるいは親の信仰をめぐって家族が断絶するといった悲劇は数多く報告されている。
さらに、この問題の根深さ象徴するのが、「宗教二世」と呼ばれる、信者の家庭に生まれた子どもたちの問題である。彼らは、親の信仰のために経済的困窮やネグレクト(育児放棄)、精神的虐待に苦しむことがある。進学を諦めざるを得なかったり、教団の教えによって友人関係や恋愛、職業選択の自由を奪われたりするなど、その人権侵害は深刻である。安倍元首相の事件は、こうした声なき二世信者たちの苦悩にも光を当てる契機となり、彼らへの支援の必要性が社会的な課題として認識されるようになった。
霊感商法による深刻な被害に対応するため、日本の法制度は近年、大きな進展を遂げた。特に、消費者契約法の改正と、新たに制定された「不当寄附勧誘防止法」は、被害者救済のための二つの強力な柱となっている。
消費者と事業者の間の情報格差や交渉力の差を是正し、消費者を保護するための基本法である消費者契約法は、度重なる改正を経て、霊感商法への対策を強化してきた。特に画期的だったのは、霊感等の知見を用いた不当な勧誘によって締結された契約について、消費者に「取消権」を認めたことである。
具体的には、事業者が「霊感その他の合理的に実証することが困難な特別な能力による知見として、そのままでは重大な不利益を与える事態が生ずる旨を示して不安をあおり」、契約を締結すればその不利益を確実に回避できると告げた場合、消費者はその契約を取り消すことができると明記された。
さらに、被害者がマインドコントロール状態から脱し、被害に気づくまでには時間がかかることを考慮し、取消権を行使できる期間も大幅に延長された。霊感商法に該当するケースでは、被害に気づいた時(追認できる時)から 3年間 、または契約締結時から 10年間 、契約を取り消すことが可能となったのである。これは、被害者救済の実効性を大きく高める重要な改正であった。
安倍元首相の事件を受けて、世論の後押しのもと、2023年に「法人等による寄附の不当な勧誘の防止等に関する法律」(通称:不当寄附勧誘防止法)が制定・施行された。この法律は、従来の消費者契約法ではカバーしきれなかった「寄附」という無償の行為に焦点を当てた、画期的な法律である。
この法律は、寄附を勧誘する法人等に対し、以下の3つの「配慮義務」を課した。
個人の自由な意思を抑圧し、適切な判断を困難にさせないこと。
寄附者やその家族の生活の維持を困難にさせないこと。
法人等の名称を明らかにし、寄附の使途を誤認させないこと。
さらに、特に悪質な勧誘行為として、以下の6つの行為を明確に「禁止行為」として定めた。
退去の意思を示した相手を退去させない(不退去)。
退去しようとする相手を妨害する(退去妨害)。
勧誘目的を告げずに退去困難な場所へ同行し勧誘する。
第三者への相談を威迫して妨害する。
恋愛感情等を利用し、寄附しなければ関係が破綻すると告げる。
霊感等の知見を用い、不安を煽って寄附が不可欠であると告げる。
加えて、借金や自宅等の売却によって寄附資金を調達するよう要求することも禁止された。これらの禁止行為によって困惑して行われた寄附は、取り消すことが可能である。
表2:霊感商法被害者救済のための主要な法的根拠
| 項目 (Item) | 改正消費者契約法 | 不当寄附勧誘防止法 |
|---|---|---|
| 対象行為 | 消費者契約(物品購入、サービス提供など) | 寄附(無償の財産提供)、遺贈など |
| 主な禁止・無効行為 | 霊感等の知見を用いて不安を煽り、契約が必要と告げる勧誘 | ①不退去 ②退去妨害 ③同行勧誘 ④相談妨害 ⑤恋愛感情利用 ⑥霊感等を用いた告知 |
| 被害者の権利 | 契約の「取消権」 | 寄附の意思表示の「取消権」 |
| 取消権の行使期間 | 追認可能な時から 3年 、契約時から 10年 | 霊感等を用いた場合:追認可能な時から 3年 、寄附時から 10年 |
| 家族による救済 | - | 扶養権利等を保全するため、被扶養者が取消権を代位行使可能 |
これら二つの法律の整備により、霊感商法被害者の救済は新たな段階に入った。被害者は、契約や寄附の取消しを主張するための明確な法的根拠を得た。特に、不当寄附勧誘防止法では、被害者本人が意思表示できない場合でも、扶養を受ける家族が将来の生活費などを保全するために取消権を代わりに行使できる「債権者代位権の特例」が設けられたことは、家族ぐるみの被害救済に向けた大きな一歩である。
また、これらの法律は、違反した法人等に対して、国が報告徴収や勧告、命令を行い、従わない場合には法人名を公表したり、罰則を科したりすることも定めている。これにより、悪質な勧誘行為に対する抑止効果も期待される。しかしながら、過去の被害に対する遡及適用の限界や、「困惑」したという被害者の主観的な心理状態の立証の難しさなど、課題も残されている。
法整備と並行して、司法の場でも霊感商法の違法性を断罪する重要な判決が積み重ねられてきた。これらの裁判例は、被害者救済の道を切り拓くとともに、悪質な団体の社会的責任を明らかにしてきた歴史である。
霊感商法をめぐる裁判の歴史において、画期的な転換点となったのが「青春を返せ訴訟」と呼ばれる一連の裁判である。これらの訴訟で元信者らは、単に高額な物品を購入させられた経済的損害だけでなく、偽りの勧誘によって入信させられ、貴重な青春時代を無償の労働や伝道活動に費わさざるを得なかった精神的苦痛に対する賠償を求めた。
裁判所は、これらの訴訟において、勧誘の初期段階から宗教団体としての正体を隠し、ビデオセンターでの洗脳的な教育を通じて個人の自由な意思決定を奪う一連のプロセス全体を「社会的相当性を逸脱した違法な行為」と認定した。特に、札幌地方裁判所が2001年に下した判決では、旧統一教会の勧誘目的を「信者の財産の収奪と無償の労役の享受、及び同種の被害者となるべき協会員の再生産という不当な目的」であったと明確に断じ、その後の同種訴訟に大きな影響を与えた。これにより、個別の物品販売の違法性だけでなく、組織的な勧誘システムそのものの違法性が司法によって確立されたのである。
当初、旧統一教会側は、霊感商法は一部の信者が独自に行ったことであり、教団としての組織的関与はないと主張していた。しかし、被害者と弁護団の粘り強い闘いにより、裁判所は徐々に教団本体の責任を認めるようになっていく。
1994年の福岡地方裁判所の判決を皮切りに、全国各地の裁判で、信者らの不法行為に対する教団の「使用者責任」を認める判決が相次いで確定した。裁判所は、これらの活動がマニュアル化され、教団の指導のもとで組織的かつ継続的に行われていた事実を認定し、個々の信者の行為の背後にある教団の法的責任を明確にしたのである。これにより、被害者は末端の信者だけでなく、組織全体に対して損害賠償を請求する道が開かれた。
近年に至っても、霊感商法の違法性を問う重要な司法判断が示されている。2024年7月、最高裁判所は、元信者が違法な勧誘を受けて献金した後に書かされた「一切の賠償請求をしない」という旨の念書(和解合意)について、公序良俗に反し無効であるとの判断を下した。これは、不当な心理的支配下でなされた被害者の権利放棄の意思表示を司法が追認しないという強いメッセージであり、同様の念書によって泣き寝入りを強いられてきた多くの被害者にとって大きな福音となった。
また、こうした長年にわたる違法判決の積み重ねを受け、2023年10月、日本政府(文部科学省)は、旧統一教会に対し、宗教法人法に基づく解散命令を東京地方裁判所に請求した。これは、当該団体の行為が組織的、悪質、継続的に行われ、公共の福祉を著しく害することが明白であるという判断に基づくものである。この請求の帰趨は、今後の日本の宗教法人制度と霊感商法問題の行方を占う上で、極めて重要な意味を持つと言えるだろう。
もし自身や家族が霊感商法の被害に遭った、あるいは遭っているかもしれないと感じた場合、冷静に、そして迅速に行動することが極めて重要である。
証拠の保全 :契約書、領収書、パンフレット、勧誘者とのメールやSNSのやり取り、会話の録音など、関連するあらゆるものを保管する。これらは後の交渉や裁判で決定的な証拠となる。
支払いの停止 :クレジットカードで支払いをした場合は、直ちにカード会社に連絡し、支払停止の抗弁を申し出る。銀行振込の場合も、さらなる支払いは絶対に行わない。
専門家への相談 :一人で悩まず、直ちに後述する公的な相談窓口に連絡する。被害回復には専門的な知識が必要であり、早期の相談が解決への近道である。
クーリング・オフの検討 :訪問販売や電話勧誘販売などで契約した場合、法定の書面を受け取ってから一定期間内(通常8日〜20日)であれば、無条件で契約を解除できる「クーリング・オフ制度」が適用できる可能性がある。期間が非常に短いため、速やかな手続きが求められる。
何よりも大切なのは、被害に遭ったことを自分のせいにしないことである。霊感商法は、人の心の弱みに付け込む巧妙な犯罪であり、誰でも被害者になりうる。勇気を出して相談の一歩を踏み出すことが、解決の始まりとなる。
霊感商法に関する悩みやトラブルについて、無料で相談できる公的な窓口が整備されている。
消費者ホットライン「188(いやや!)」
電話番号:局番なしの188
内容:全国どこからでも、最寄りの市区町村や都道府県の消費生活センター等の相談窓口につながる。契約トラブル全般に関する最初の相談先として最適である。
法テラス「霊感商法等対応ダイヤル」
電話番号:0120-005931
内容:霊感商法や高額献金の問題に特化した無料の相談窓口。法的トラブルの解決に必要な情報提供や、弁護士会などの専門機関への案内を行っている。
警察相談専用電話「#9110」
電話番号:局番なしの#9110
内容:詐欺や脅迫、監禁といった犯罪行為が疑われる場合に相談する窓口。緊急の事件・事故は110番に通報する。
日本弁護士連合会・各地の弁護士会
内容:霊感商法問題に詳しい弁護士との直接の法律相談を希望する場合の窓口。無料または低額の法律相談会を実施している場合がある。
近年の法整備により、霊感商法被害者の救済は大きく前進したが、全ての課題が解決されたわけではない。
法的には、新しい法律が施行される前の過去の被害について、時効の問題で救済が困難なケースが依然として多数存在する。また、マインドコントロール下にあった期間をどのように法的に評価するかなど、さらなる法解釈の深化が求められる。弁護士会などからは、現行法でも不十分であるとして、さらなる法改正を求める声も上がっている。
社会的には、被害者本人や、特に「宗教二世」に対する長期的な心理的ケアや自立支援の体制がまだ十分とは言えない。また、霊感商法の手口や危険性について、学校教育や地域社会での啓発活動を継続し、社会全体の抵抗力を高めていくことが不可欠である。霊感商法という社会的病理を根絶するためには、法制度の整備と並行して、人々が孤立せず、悩みを安心して相談できる社会を構築していくという、息の長い取り組みが求められているのである。
法人等による寄附の不当な勧誘の防止等に関する法律(令和四年法律第百五号):https://laws.e-gov.go.jp/law/504AC00000...
法人等による寄附の不当な勧ゆの防止等に関する法律 逐条解説:https://www.caa.go.jp/policies/policy/c...
消費者契約法(平成十二年法律第六十一号):https://laws.e-gov.go.jp/law/412AC00000...
日本弁護士連合会:霊感商法等の悪質商法により個人の意思決定の自由が阻害される被害に関する実効的な救済及び予防のための立法措置を求める意見書:https://www.nichibenren.or.jp/library/p...
政府広報オンライン:不当な寄附勧誘行為は禁止!霊感商法等の悪質な勧誘による寄附や契約は取り消せます:https://www.gov-online.go.jp/useful/art...
消費者庁:霊感商法等による消費者被害の救済の実効化のための消費者契約法等改正について:https://www.caa.go.jp/policies/policy/c...
法務省:霊感商法等対応ダイヤル・相談状況の分析:https://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken03_0...
全国霊感商法対策弁護士連絡会:旧統一教会による違法な献金勧誘行為、物品購入勧誘行為に対する違法性が認められた主な判決:https://www.caa.go.jp/policies/policy/c...
Wikipedia:霊感商法:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9C%8A...
法テラス:霊感商法等対応ダイヤル:https://www.houterasu.or.jp/site/reikan...
消費者庁:法人等による寄附の不当な勧誘と考えられる行為に関する情報提供フォーム:https://contact.caa.go.jp/donation_soli...
国民生活センター:消費者ホットライン:https://www.kokusen.go.jp/map/