真霊論-霊魂学

霊魂学

夜ふと目が覚めたとき、誰もいないはずの部屋の空気が、いつもと少し違う気がした——そんな経験をしたことはないだろうか。私たちが心の奥底でずっと抱き続けている「死んだらどうなるのか」「目に見えない世界は本当にあるのか」という問い。この、誰もが一度は感じたことのある不思議への問いに、学問として正面から取り組んでいるのが「霊魂学」である。

霊魂学とは、霊と霊的世界について体系的かつ論理的に解き明かしていこうとする学問だ。そのアプローチはあくまで学術的であり、これを学ぶ人々自身も「科学的な探求」だという意識を持って取り組んでいる。ところが現状では、科学のひとつの分野としてではなく、むしろ宗教の一種として受け止められることが多いようだ。

一般に「宗教」というジャンルは、科学的な根拠が定かではない、宗派ごとの「教え」を前提としている点で原理主義的な側面を持つ。霊的世界へのアプローチも、多くはこの枠組みの中で語られてきた。これに対して霊魂学は、あらかじめ定められた原理原則を持たない。ただひたすらに「霊的世界における真理とは何か」を探求し続ける、という姿勢を貫いている点が大きく異なる。これは、科学やその他の学問に向き合う態度と、本質的には同じものだといえるだろう。

たとえば、神は本当に存在するのか。祈りはどのような仕組みで霊的世界へ届くのか。逆に、霊からの言葉が私たち人間に降りてくるとき、そこにはどのような機構が働いているのか——。霊魂学はこうした問いを、さまざまな方法でひとつひとつ探求し、真実を明らかにしようとする学問なのだ。

これを端的に言い表すなら、「現時点ではこれが真実だと考えられているが、新たな真理が発見されれば、いつでも反証されうる」という姿勢になるだろう。科学がそれまでの定義や定理を覆しながら新たな学説を生み出してきたのと同じように、霊魂学もまた真理そのものを優先するがゆえに、未来の変化に対して開かれた柔軟性を持っている。これこそが、霊魂学と宗教を分かつ最大の違いだといえる。

また、霊魂学には宗教が持つような戒律や規律も存在しない。それでもなお、真理を学ぶための主な方法が「神霊や高級霊にアクセスして直接聞く」というものであるために、客観性の面で疑問を持たれやすく、結果として宗教に近いものとみなされてしまうのである。

もちろん、霊魂学そのものは、霊的世界や霊魂、神的存在を学術的に証明しようと日々進化を続けている。けれども、霊の存在が科学的に証明されていない現時点においては、霊魂学はあくまで主観的な探求であり、その意味で宗教の一種として捉えられているのが実情なのである。

霊魂学の起源

近代における霊魂学の始祖といわれているのが、川面凡児という人物だ。1862年に生まれ、1929年に没した、明治から大正にかけて活躍した神道家である。わずか15歳という若さで大元山にこもり修行を重ね、そこで神伝を授かったと伝えられている。1906年には「大日本世界教稜威会」を立ち上げ、それまでの神道とは一線を画す独自の霊魂学を提唱し、その普及に力を尽くした。

興味深いのは、川面凡児とほぼ同じ時代に、もう一人の重要な先駆者が日本に存在していたことだ。福来友吉である。福来は日本における超心理学研究のパイオニアとして知られ、念写現象——心の中に思い描いたイメージを写真の感光板に直接写し出すとされる現象——の発見者として名を残している。福来は、長年の研究と哲学的考察、そして自身の宗教的体験を通じて、一種の仏教的な世界観へとたどり着いた人物だ。彼は、私たちが「自我」と呼んでいるものを、認識する主体としての「認我」と、生きようとする活動の主体である「命我」とに分けて捉え、認我は本来伸縮自在であり、身体という束縛から解き放たれたとき、その認識範囲は無限に広がって宇宙そのものと一体化する、と説いた。川面と福来、立場は異なれど、ともに「目に見えない世界の真理」を真摯に追い求めた点で、両者は霊魂学という営みの源流を成しているといえるだろう。

実は、霊的な世界を学問の対象として捉えようとする動きは、海を越えた西洋にも存在した。よく知られているのが、1848年にアメリカ・ニューヨーク州ハイズヴィルで起きた、フォックス家の姉妹にまつわる出来事である。家の中で響く謎の打撃音をきっかけに、姉妹は霊との交信を始めたとされ、この一件はやがてアメリカ全土、そしてヨーロッパにまで広がる「心霊主義(スピリチュアリズム)」のブームを生み出した。アメリカにおける近代心理学の創始者の一人ともいわれるウィリアム・ジェイムズも、こうした心霊現象に強い関心を抱いた人物のひとりだ。彼はロンドンの「心霊研究協会」で1894年から二年間会長を務めるなど、心霊研究そのものを学問的な営みとして位置づけようと試みていた。「事実そのものが神秘である」というジェイムズの言葉は、目に見えない世界を探求しようとする者にとって、今なお重みを持つ言葉ではないだろうか。

このように、現代でも様々な人が霊魂学を学び、それぞれの立場からアプローチを試みている。出身としては神道や仏教にゆかりのある人が多いようだ。

脳と意識をめぐる、もうひとつの視点

霊魂学にしばしば向けられる疑問のひとつに、「意識や心は、結局のところ脳が作り出しているだけではないか」というものがある。これに対して、先ほど触れたウィリアム・ジェイムズは興味深い視点を残している。彼は、脳の働きには「生産的機能」だけでなく「転移的機能」というあり方もあるのではないか、と考えた。たとえば色ガラスやプリズムは、光そのものを生み出しているわけではなく、すでにある光をふるい分け、特定の形へと導いているにすぎない。脳もこれと同じように、意識そのものを生み出しているのではなく、もっと大きな何かから意識を「受け取り、形にしている」だけなのかもしれない——というのが彼の仮説である。もしこの考え方が正しいのなら、脳という器官が死を迎えたとしても、意識そのものは決して失われるわけではない、という結論にもつながっていく。もちろんこれは一つの仮説の域を出ないものだが、霊魂や死後の世界というテーマに、ひとつの哲学的な足場を与えてくれる視点だといえるだろう。

霊魂学で学ぶ内容

では、霊魂学では具体的にどのようなテーマが扱われているのだろうか。ここでは、その学びの中心となる項目をひとつずつ紐解いていきたい。

霊魂について

霊魂とは、人間が本来持っている姿そのものであり、この世で生きていくためのあらゆるエネルギーや思考の源泉とされている。霊魂学の立場から見れば、これこそが人間の本質なのだ。私たちが「自分」だと思っているこの肉体は、いわば仮の入れ物にすぎず、本当の「自分」は、もっと奥深いところに静かに息づいているのかもしれない。

霊的世界と階層について

霊的な世界には、厳然とした階層構造があると考えられている。霊体のレベルによって、たどり着く世界がそれぞれ異なるというのだ。現時点で明らかにされているのは、上から神界、神霊界、高級霊界、高級幽界、上層幽界、物質界(つまり私たちが今生きているこの現世)、低級幽界、地獄界という八つの段階である。まるで建物のフロアが積み重なっているようなこの世界観を思い描くと、自分が今どの場所に立っているのか、ふと背筋が伸びるような感覚を覚える人もいるのではないだろうか。

身体と霊魂について

すべての人間の肉体には、それに重なるようにして霊的な存在が宿っているとされる。これには幽体、霊体、神体という三つの種類があることが明らかにされている。次の項目から、それぞれについて見ていこう。

幽体について

幽体とは、人が死を迎えた直後、その身体として使われるものと考えられている。肉体が死を迎えると、魂はまず幽質界——すなわち高級幽界、上層幽界、低級幽界のいずれか——へと進んでいく。そこからは個人差があるものの、一定の期間を経て、やがて霊体へと姿を変えていくといわれている。

霊体について

霊体とは、より高次にある霊的な存在を指す言葉だ。幽体が時間をかけて変容したもの、あるいは厳しい霊的修行を積んだ人だけが得られる魂だとみなされている。その次元は、高級霊界に位置するとされる。

神体について

神体は、神霊だけが持つといわれる、あらゆる霊的存在の中でも最高位に位置する霊体である。イエス・キリストや仏陀をはじめ、厳しい宗教的・霊的修行を乗り越えた伝道者たちだけが到達できる境地だとされている。人類の歴史にその名を残す聖人たちの存在を思うと、この最高位の霊体というものが、いかに得難いものであるかが伝わってくる。

オーラとオーラカラー

オーラとは、あらゆる生命体が持つ幽体・霊体・神体から発せられている光と色のことだ。その色合いや発光の形、状態などによって、その魂が今どの霊的段階にあるのかを判断できるとされている。私たちが誰かに対して「あの人は雰囲気が違う」と感じるとき、実はこのオーラを無意識に感じ取っているのかもしれない。

間気(かんき)

間気とは、現世の身体と幽体とをつないでいる気のことを指す。その性質は半分が物質、半分が幽体と同じ成分でできているとされ、柔らかい糊のようなものだとイメージすると分かりやすい。これは、幽体と身体が離れ離れにならないよう、絶えず両者をつなぎ留めている存在なのである。

幽気

幽気は、現世と幽質界の双方を満たしている気のようなものだ。また、各人が持つ幽体の内部にも存在しており、幽体を満たすエネルギーそのものでもあると考えられている。

過去世と来世について

魂が現世に生まれ落ち、死を迎えてから霊界へと赴き、再びこの地上へ生まれ変わるまでの一連の過程について探求するのが、過去世と来世のテーマだ。過去世によって現世のあり方が決まり、そして今の行いや霊的な成長段階によって、来世の行く末が決まっていくと考えられている。今この瞬間の自分の選択が、遠い未来の自分にまでつながっているとすれば、一日一日の過ごし方も、また違った重みを持って感じられるのではないだろうか。

守護霊、指導霊について

守護霊とは、高級幽界から派遣されているとされる霊のことだ。生涯を通じてその人をひたすら導き、守り、学びを与えようとする存在である。一方の指導霊も同じく高級幽界から派遣されているが、その人が現世で学びたい、あるいは成長したいと願う特定のジャンルについて、より専門的に導く役割を担っている。指導霊は、人生のさまざまな局面に応じて入れ替わることがあるとされる。

こうした、目に見えない存在からの導きという感覚は、決して非合理なものとして切り捨てられるものではない。たとえば心理学の分野では、「心霊治療」と呼ばれる現象を、ユング心理学の概念を用いて読み解こうとする研究も存在する。ある研究では、霊的な施術を行う治療者が「墓」や「祖先」といった、人間の深い無意識に通じるイメージを用いることで、相談者の心に働きかけているのではないか、という考察がなされている。守護霊や指導霊という存在を、単なる空想として片づけるのではなく、私たちの心の奥底にある何かと響き合うものとして捉えてみると、その輪郭が少し違って見えてくるかもしれない。

霊的成長、修行やトレーニングについて

最後に挙げられるのが、今自分が持っている霊魂をさらに成長させるための修行方法を探求し、実際に実践していくという項目だ。霊魂学とは、単に知識として霊的世界を学ぶだけの学問ではない。自分自身の魂をより高い段階へと育てていく、実践的な「生き方の探求」でもあるのだ。

こうして眺めてみると、霊魂学が探求しているのは、単に「死後どうなるか」という問いだけではないことが見えてくる。それは、目に見えるものだけがすべてではないという気づきであり、私たちがこの一瞬をどう生きるかを問い直すための、ひとつの大きな鏡なのかもしれない。

参考ホームページ・文献等

公益財団法人日本心霊科学協会:https://www.shinrei.or.jp/

日本超心理学会:https://j-spp.umin.jp/

国際生命情報科学会 (ISLIS):http://www.islis.a-iri.org/

明治大学 - メタ超心理学研究室:https://www.isc.meiji.ac.jp/~metapsi/

国立民族学博物館リポジトリ - 現代イギリスにおける霊媒と霊たちとの交流:https://minpaku.repo.nii.ac.jp/record/20...

大阪産業大学リポジトリ - 心霊現象とW・ジェイムズ:https://www.osaka-sandai.ac.jp/research/...

東京大学リポジトリ - 宗教サイトにおけるCMC空間の諸相について:https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/...

東京大学リポジトリ - 「他界」論―死生観の比較宗教学:https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/...

実践女子大学リポジトリ - スピリチュアリズムと女性解放運動:https://jissen.repo.nii.ac.jp/record/200...

北翔大学リポジトリ - 森田正馬・福来友吉と催眠:https://hokusho.repo.nii.ac.jp/record/19...

J-STAGE - 心霊治療という現象についての一考察:https://www.jstage.jst.go.jp/article/tra...

J-STAGE - 霊魂の在処:戦没者遺族からみた遺骨の意味:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jss...

J-STAGE - 問題解決における個人差の超心理学的解釈:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsp...

CiNii Research - 福来友吉博士が超心理学的研究と神秘体験によって達した境地:https://cir.nii.ac.jp/crid/1390282679025...

東京大学 ビブリオプラザ - ポップ・スピリチュアリティ:https://www.u-tokyo.ac.jp/biblioplaza/ja...

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