

「八百万の神」——この言葉を耳にしたとき、あなたはどんな光景を思い浮かべるだろうか。霧のたちこめる山の奥、社の奥に鎮まるぼんやりとした神気、あるいは台風の前夜に感じる自然のただならぬ圧力。日本という国には、太古からずっと、そういったあらゆる場所・あらゆる瞬間に神が宿ってきた。
これは、日本で長く信仰されてきた神道の世界観によるものだ。神道においては、自然現象から災害、草木や岩石にいたるまで、万物に神が宿ると考えられてきた。この感覚はアニミズムとも共鳴するものがあり、人間が自然の中に何か大いなるものを見出そうとする、普遍的な衝動を映し出しているようでもある。
キリスト教やイスラム教などの世界的な宗教の多くが唯一絶対の神を信じるのとは対照的に、日本の神々はじつに多彩で、互いに独立した個性を持っている。ギリシア神話やローマ神話にも複数の神が登場するが、それらにはゼウス(ユーピテル)という絶対的な最高神がいた。日本では、名目上は天照大神(あまてらすおおみかみ)が最高神とされているものの、他の神々はそれぞれ独自の領域と権力を持ち、一極集中ではなく緩やかな多様性の中で共存している。
さらに日本各地には、民間信仰の中で独自に育まれた神々も数多く存在する。固定化した国家宗教がごく一時期を除いてなかったこともあり、海外由来の神が日本の土壌に根を下ろし、土着の信仰と溶け合いながら独自の姿へと変容していったケースも少なくない。
そして忘れてはならないのが、天皇という存在だ。第二次世界大戦以前、歴代の天皇は「現人神(あらひとがみ)」として崇められてきた。最初期の天皇は神話的な存在であり、日本神話では神の子孫として描かれている。なかでも初代・神武天皇は、天照大神の五代後の直系の子孫とされており、万世一系を唱える日本の皇室は、その意味においていまも神の系譜の中にある。
このように見ていくと、日本はまさに「神々の国」と呼ぶにふさわしい。以下では、そんな神々の世界の中でも特に代表的な存在を、その由来や性格とともにご紹介していきたい。
なお、神々を数える単位は「柱(はしら)」であり、一柱、二柱……と数えるのが習わしだ。この数え方そのものが、神という存在への敬意を示しているようで、どこかしみじみとする。
日本神話に登場する神々は、大きく「天津神(あまつかみ)」と「国津神(くにつかみ)」のふたつに分けられる。天津神は、高天原(たかまがはら)にいる神、あるいはそこから地上へと降り立った神々のこと。一方の国津神は、最初から地上に姿をあらわした神々だ。天と地、それぞれの場所から生まれた神々が、日本の神話を豊かに織りなしている。
天地が創られた瞬間、最初に姿をあらわしたのが「別天津神」と呼ばれる五柱の神々だ。天津神の中でも別格の存在とされており、宇宙の根源そのものを体現している。
最初にあらわれた三柱は「造化の三神(ぞうかのさんしん)」と呼ばれ、いずれも性別を持たない。
まず、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)。宇宙の中心に君臨する、至高の神とされる。その名の通り「天の御中を主る神」であり、すべての根源とも言われる存在だ。
次に、高御産巣日神(たかみむすひのかみ)。征服・統治の神であり、高い木を神格化したものと考えられている。神話の中では、後に天照大神を補佐する形で重要な役割を果たす場面も多い。
そして、神産巣日神(かみむすひのかみ)。生産・生命力の神であり、ものを生み出す力そのものを体現した存在だ。
その後、国土の形が整いはじめてから、さらに二柱があらわれた。宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこぢのかみ)は活力を司る神で、「あしかび(芦の芽)」が持つ生命力を神格化したもの。天之常立神(あめのとこたちのかみ)は天そのものを象徴し、天の恒常性を示す存在だ。
この五柱は、天地が生まれてまもなく姿を隠してしまったため、神話の中での記述は極めて少ない。しかしだからこそ、その存在はある種の神秘性を帯びている。現在、これらの神々を単独で祀る神社はわずかしかないが、近年は宇宙論的な関心の高まりとともに、改めて注目されることも増えてきた。
別天津神に続いてあらわれたのが、「神世七代」と呼ばれる一群の神々だ。『古事記』では十二柱七代、『日本書紀』では十一柱七代として記されている。ここから神々の世界に性別が生じ、異性への愛が芽生えていく——神話としてだけでなく、人間の感情の起源を語る物語としても読める部分だ。
『古事記』に記された神世七代:
国之常立神(くにのとこたちのかみ)/豊雲野神(とよぐもぬのかみ)/宇比邇神(うひぢにのかみ)・須比智邇神(すひぢにのかみ)/角杙神(つぬぐいのかみ)・活杙神(いくぐいのかみ)/意富斗能地神(おおとのじのかみ)・大斗乃弁神(おおとのべのかみ)/淤母陀琉神(おもだるのかみ)・阿夜訶志古泥神(あやかしこねのかみ)/伊邪那岐神(いざなぎのかみ)・伊邪那美神(いざなみのかみ)
『日本書紀』に記された神世七代:
国常立尊(くにのとこたちのみこと)/国狭槌尊(くにのさつちのみこと)/豊斟渟尊(とよぐもぬのみこと)/泥土煮尊(ういじにのみこと)・沙土煮尊(すいじにのみこと)/大戸之道尊(おおとのじのみこと)・大苫辺尊(おおとまべのみこと)/面足尊(おもだるのみこと)・惶根尊(かしこねのみこと)/伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉冉尊(いざなみのみこと)
黄泉の国(死者の国)から戻った伊邪那岐神が、穢れを祓うために川で身を清めたとき、その禊(みそぎ)の中からつぎつぎと神々が生まれ落ちた。そのクライマックスに誕生したのが、三貴子と呼ばれる三柱の神々だ。
天照大神(あまてらすおおみかみ)は太陽の神であり、伊邪那岐の左目から生まれた。明治天皇の裁定以来、正式に最高神と位置づけられており、全国に数多くの神社が祀られている。特に三重県の伊勢神宮は、天照大神を御祭神とする神社の頂点に立つ存在として、今も多くの人々の信仰を集めている。
月読命(つくよみのみこと)は月の神であり、伊邪那岐の右目から生まれた。太陽神である天照大神と対をなす存在でありながら、不思議なことに神話の中での登場回数は極めて少ない。なぜこれほど記述が少ないのか——それ自体が、ひとつの謎として語り継がれている。
須佐之男命(すさのおのみこと)は海原の神で、伊邪那岐の鼻から生まれた。乱暴者として描かれる場面も多い一方、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治する英雄譚や、日本最古の和歌を詠んだという逸話も持ち合わせており、その複雑な人物像がなんとも魅力的だ。出雲大社との関わりも深い。
代表的な国津神として知られる大国主は、とにかく別名の多い神として有名だ。「大物主神(おおものぬし)」「大名持神(おおなもち)」「大穴牟遅神(おおあなもち)」「葦原色許男神(あしはらしこを)」「宇都志国玉神(うつしくにたま)」「所造天下大神(あめのしたつくらししおほかみ)」「幽冥主宰大神(かくりごとしろしめすおおかみ)」——これだけの名を持つ神は他に類を見ない。
これは、もともと別々の地域に伝わっていた異なる神が、伝承が広がっていく中で一つに統合されていったためと考えられている。大国主が全国各地の神社で祀られているのも、この広範な信仰の統合の歴史を物語っている。島根県の出雲大社は大国主を主祭神とする最も有名な神社であり、縁結びの神としても広く知られている。
神話や経典に記録された神々だけが神ではない。人々が暮らしを営む中で、口から口へと伝えられてきた民間信仰の中にも、無数の神々が宿っている。興味深いのは、互いに全く無関係なはずの地域の伝承に、驚くほど似た神が登場することだ。旅人を介して伝わったものもあれば、人間の想像力に普遍的な何かがあるゆえに、自然発生的に類似した神が生まれたケースもあるだろう。
室町時代末期から信仰されてきた七柱の神々で、その名の通り福をもたらす存在として全国で親しまれてきた。正月に「七福神めぐり」をする習慣は今も各地に残っており、家族連れや参拝者が笑顔で寺社を巡る光景は、新年の風物詩のひとつだ。
七福神の面白いところは、ヒンドゥー教・仏教・道教・神道と、まったく異なるルーツを持つ神々が一堂に会しているという点だ。この寛容さこそ、日本の信仰のありかたをよく体現している。
恵比寿(えびす)は鯛を抱えた姿で知られる。もともとは漁業の神だったが、やがて商売繁盛や五穀豊穣をもたらす神へと変容した。七福神の中で唯一の日本生まれの神とされている。
大黒天(だいこくてん)は食物を司る神。ヒンドゥー教のシヴァ神と日本神話の大国主が習合して生まれたと考えられている。打ち出の小槌と大きな袋がトレードマークだ。
毘沙門天(びしゃもんてん)はヒンドゥー教のクベーラ神を起源とし、仏教に取り込まれてヴァイシュラヴァナとなったもの。武装した勇壮な姿で描かれることが多い。
弁財天(べんざいてん)は七福神の紅一点。財宝・芸術・知恵を司り、ヒンドゥー教のサラスヴァティー神が原型とされる。琵琶を手にした優雅な姿は、神々の中でも特に印象的だ。
福禄寿(ふくろくじゅ)は幸福・財禄・長寿の三つを体現した道教の神で、南極星の化身とされる。寿老人とは同一神だとする説も根強い。
寿老人(じゅろうじん)もまた道教の神で、南極星の化身とされる。鹿を連れた長寿の老人として描かれることが多い。
布袋(ほてい)は七福神の中で唯一、実在した人物を神格化したものとされている。中国・唐代の伝説的な僧侶で、大きな袋を背負い、大きな腹をさらして笑う姿は、見ているだけで思わず笑顔になる。
集落の境界や辻に祀られる道祖神は、石碑や石像の形をとることが多く、日本各地の路傍でひっそりと旅人を見守ってきた。島根県にだけは少ないという不思議な分布の偏りもある。
長い年月をかけてさまざまな信仰と融合してきたため、地域によってその姿や意味合いは少しずつ異なるが、「境界を守る神」「旅の安全を守る神」という本質は変わらない。地蔵との類似点も多く、仏教との習合がうかがえる。
神とも妖怪とも言われる天狗は、日本独自の進化を遂げた不思議な存在だ。ルーツは中国にあるとされるが、中国の「天狗」は文字通り犬に近い形状であり、日本で信仰される天狗とはほとんど別物といっていい。
赤い顔に高い鼻、背中の翼——この姿で山間部に祀られることが多く、山の神としての性格も帯びている。修験道との結びつきも深く、修行者を導いたり試したりする存在として語られることも多い。
沖縄の風景には欠かせないシーサー。高台や屋根の上に置かれたその姿は、魔除けの意味を持っている。語源は「獅子」の沖縄方言であり、本土の狛犬から影響を受けながら、沖縄独自のかたちへと変化していったと考えられている。
一般的に口を開けたものと閉じたものがペアで置かれ、阿吽(あうん)の呼吸で邪気を防ぐとされる。その愛嬌のある表情は、見ていると思わず親しみが湧いてくる。
とがった頭と吊り上がった目が特徴的な幸運の神、ビリケン。もともとはアメリカ生まれのキャラクターだが、大阪・通天閣に祀られたことをきっかけに、地元の人々に深く愛されるようになった。足の裏をなでると幸運が訪れるとされ、今も多くの参拝者が手を伸ばす。
中国の道教から日本へと伝わり、陰陽道と結びついて独自の体系を形成した神々も存在する。
十二神将とも呼ばれるが(本来の十二神将は仏教用語であり、この呼び方は混用だ)、陰陽五行説に基づく十二柱の神々で、陰陽師の占術に用いられてきた。平安貴族の時代から、国家の命運を左右するような重大な決断の場でも、これらの神々に占いが捧げられてきた。
騰蛇(とうしゃ、火の神)/朱雀(すざく、火の神)/六合(りくごう、木の神)/勾陳(こうちん、土の神)/青龍(せいりゅう、木の神)/貴人(きじん、十二天将の主神)/天后(てんこう、水の神)/太陰(たいいん、金の神)/玄武(げんぶ、水の神)/大裳(たいも、土の神)/白虎(びゃっこ、金の神)/天空(てんくう、土の神)
日本では古来より、常人には成し遂げ得ないような偉業を残した人物が、没後に神として祀られてきた。これも日本の信仰の特徴的な側面であり、歴史と信仰が溶け合う場所に、こうした「人神(ひとがみ)」の存在がある。
安倍晴明は、平安時代を代表する陰陽師だ。その卓越した霊力と知恵は伝説的であり、没後も「晴明塚」が各地に建てられるなど、強い信仰を集めてきた。神秘性をまとう陰陽師という職業柄、今なお多くの人を惹きつける。
菅原道真は「天神様」として全国の天満宮で祀られている。生前は卓越した学者・政治家であったが、讒言(ざんげん)によって大宰府に左遷された。その怨念が雷や疫病をもたらすと恐れられた一方、後に学問の神として崇められるようになった。受験シーズンになると、各地の天満宮には受験生たちが願掛けに訪れる。
ヤマトタケルは、日本神話に登場する英雄だ。実在の人物かどうかは歴史学的には不明だが、その波乱に富んだ逸話から、神同然に称えられ続けている。
ほかにも聖徳太子、上杉謙信、平将門などは高いカリスマ性と業績を兼ね備えているゆえに信仰の対象とされてきた。また、青木昆陽や吉田松陰といった傑出した学者も「学問の神」として祀られることがある。そして天皇もまた、戦前まで現人神として崇められてきた歴史を持ち、今も年配者を中心にその意識は根強く残っている。
ここで紹介したのは、広大な神々の世界のほんの一角に過ぎない。「八百万の神」という言葉は本来一種の比喩だが、地域ごとのわずかな違いも別の神として捉えるならば、その数は本当に無限に近いかもしれない。
同じ神が地域によって異なる名で呼ばれていたり、逆に同じ名前でまったく別の神を指すケースもある。神の世界は、厳密に分類しようとするほど、その複雑さを増していく。
さらに、ここでは日本語の習慣に従い「神」と「仏」を区別して記述しなかったが、仏教由来の仏たちもまた信仰の対象として人々の暮らしに溶け込んでいる。それらも含めれば、神々の数はさらに膨れ上がるだろう。
日本において「神」という存在がどのように捉えられ、どのように変容してきたかを辿ることは、この国の文化の根っこに触れることでもある。八百万の神々の物語は、今も私たちの日常のすぐそばで、静かに息づいている。
國學院大學 - 古事記学センター 神名データベース:https://kojiki.kokugakuin.ac.jp/shinmei/
神社本庁 - 神話・神さまの紹介:https://www.jinjahoncho.or.jp/shinto/shinwa/
文化庁 - 宗教年鑑(日本の宗教の概要・統計):https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_sh...
国立歴史民俗博物館 - 民俗信仰の研究:https://www.rekihaku.ac.jp/
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J-STAGE - 神道と日本宗教の学術論文検索:https://www.jstage.jst.go.jp/browse/-char/ja
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伊勢神宮 公式サイト - 神道と伊勢神宮:https://www.isejingu.or.jp/
出雲大社 公式サイト - 日本神話と大国主大神:https://www.izumooyashiro.or.jp/
東京大学文学部 宗教学研究室 - 日本宗教の研究:https://www.l.u-tokyo.ac.jp/~religion/
神社本庁 - 全国の神社庁一覧:https://www.jinjahoncho.or.jp/jinjahonc...
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