真霊論-キリスト教

キリスト教

世界三大宗教のひとつであり、信者数は20億人を超えて世界最大を誇るキリスト教。その教えはヨーロッパ文明の根幹を形成し、西洋の芸術・哲学・倫理観の深部にまで息づいています。

キリスト教は『旧約聖書』と『新約聖書』(この二つを合わせて「聖書」と呼ぶ)を正典とし、隣人愛、神の愛(アガペー)、そして罪の赦しという普遍的なメッセージを説き続けてきました。

その起源はユダヤ教にあります。ナザレのイエスをキリスト(救世主・メシア・神の子)と信じた直弟子たちが宣教活動を始めたことで歴史が動き出しますが、ユダヤ教の主流派はこれを認めず、やがて二つの信仰は分かれていきました。

教義——信仰の骨格

キリスト教は一神教であり、すべての教派に共通する唯一の教典は「聖書」です。その神学の核心にあるのが「三位一体」という概念です。神は父なる神・子なる神(キリスト)・聖霊なる神という三つの位格を持ちながら、本質においては唯一の神であるとされます。これは長い歴史のなかで繰り返し議論され、守り抜かれてきた教義です。

人間は生まれながらにして罪を持つ存在とされます(原罪)。しかし神でもあり人でもあるイエス・キリストが自らの死によってその罪を贖い、イエスをキリストと信じる者には罪の赦しと永遠の命が約束される——これがキリスト教の救済論の核心です。この出来事こそが、神の人間への愛(アガペー)の最たる顕れと解釈されています。

『キリスト教思想への招待』(田川建三 著)では、典型的なキリスト教の思想を「創造論」「教会論」「救済論」「終末論」の四つの大項目に整理し、成立当時の歴史的背景と照らし合わせて丁寧に解説しています。

信条——信仰の共通言語

キリスト教の信条とは、正統教義を最も簡潔な形にまとめたものです。異端の教えを見分け、教会から排除するために作られた歴史的な産物でもあります。洗礼式や礼拝の場で声に出して唱えられ、今日でも多くの主流教派が共有しています。

最もよく知られるのが381年に成立した「ニカイア・コンスタンティノポリス信条」と、より簡略な「使徒信条」(西方教会で普及。成立時期は2〜4世紀頃とされる)です。ラテン語版やギリシャ語版が存在し、解釈は教会によって微妙に異なります。

たとえばニカイア・コンスタンティノポリス信条には、神の三位一体とキリストの処女降誕が明記されており、父と子は本質的に異なるとしたアリウス派や、物質と魂の二元論を説くグノーシス主義などを否定しました。この解釈の違いがやがて東方諸教会の誕生を招き、後にカトリック教会と正教会の分裂(フィリオクェ問題)の火種ともなります。

信条が語る内容をざっくりとまとめると、次のようになります。神は三位一体である。父は天地の創造主。子なる神キリストは父の独り子であり、ともに天地を創造した。キリストは聖母マリアから処女生誕し、死と復活によって人類を死から解き放った。キリストは再臨し、生者と死者を審判した後に永遠に支配する。聖霊もまた神である。そして洗礼・教会・死者の復活・来世の命が信仰の柱として位置づけられています。

これらに加えて、ミサや聖体礼儀・聖餐などによってキリストの死と犠牲を繰り返し記念することも、信仰生活の重要な柱のひとつです。

原罪——人類最初の過ちという物語

原罪とは、『創世記』に記されたアダムとイヴの物語に由来する、人類の最初の罪のことです。

人類の始祖とされるアダムとイヴは、神の愛に包まれたエデンの園で暮らしながら、「善悪を知る木の実を食べてはならない」という唯一の戒めを破ってしまいます。その結果、二人は楽園を追われ、不死の体も失いました。以来、人間は生まれながらにして神から切り離された存在——霊としても肉としても、神なしには乗り越えられない罪を抱えた存在とされています。

キリスト教の世界観から見れば、人間の歴史そのものが、あの楽園にあった神との親密な交わりを取り戻すための長い旅路と言えるかもしれません。罪の本質は木の実を食べたことそのものではなく、神の言葉に従わなかったこと——その不従順にあるとされています。

この原罪の思想はほとんどのキリスト教教派に共有されていますが、解釈は様々です。ユダヤ教的な読み方では、アダムとイヴが自由意志で選択をしたと肯定的に捉えることもあり、またペラギウス主義のように原罪の概念そのものを持たない教派も存在します。

聖書——信仰の土台となる書物

キリスト教の全教派を貫く唯一の教典が「聖書」です。聖書は大きく二つの部分から成り立っています。

『旧約聖書』は、新約聖書に登場する「古い契約」という表現をもとに、2世紀頃からキリスト教徒によってそう呼ばれるようになりました。キリスト教外の観点からは「ユダヤ教聖書」「ヘブライ語聖書」「ヘブライ語聖典」とも呼ばれ、古代イスラエル人・ユダヤ人の思想と歴史を多方面にわたって記録した、壮大な文書群です。

『新約聖書』は、イエスや使徒たちの言葉と行いを記した書物です。紀元1〜2世紀にかけて書かれ、27の書が含まれます。イエス・キリストの生涯と言葉(「福音」と言います)、初代教会の歴史(『使徒言行録』)、指導者たちの書簡、そして最後を飾る『ヨハネの黙示録』から構成されています。

なお、「旧」「新」という表現を避けるために、旧約聖書を『ヘブライ語聖書』、新約聖書を『ギリシア語聖書』と呼ぶ場合もあります。日本聖書協会(https://www.bible.or.jp/)では、現在も様々な翻訳・版の聖書が提供されており、信仰の有無にかかわらず誰でもアクセスできます。

キリスト教の異端——多様な解釈の歴史

教義が少数派でありながら自らをキリスト教と名乗る教派を、多数派の側から「異端」と呼ぶことがあります。現代では、モルモン教(末日聖徒イエス・キリスト教会)やエホバの証人などがその例として挙げられることがあります。ただし「異端」はあくまで多数派側の視点による呼称であり、当事者が自らそう名乗るわけではありません。

歴史的には、解釈の違いが「異端」とされた例も多くあります。以下にその主な例を挙げます。

仮現説(ドケティスム)……キリストはあくまで霊的な存在であり、完全な人間化はなかったとする説。

グノーシス主義……1〜4世紀に流行した、物質と霊の二元論に基づく思想。今日ではキリスト教とは別個の宗教運動とみなされることが多い。

養子的キリスト論……2世紀、イエスは普通の人間として生まれ、洗礼によって神の子となったとする説(エビオン派など)。

マルキオン派……2世紀。ドケティスムやグノーシス主義に近く、旧約聖書を不要とし、新約聖書の神のみを真の神とした。

モンタノス派……2世紀の小アジアに出現。禁欲的生活を呼びかけ、その過激さが物議をかもした。

モナルキア主義……3世紀。唯一神論とも呼ばれ、三位一体の解釈が正統派と異なった。天父受苦説・サベリウス主義・キリスト人間説などの分派が生まれた。

アリウス派……4世紀。唯一神教を主張したが、ニカイア公会議でアタナシウス派に敗れた。

単性説……4世紀。受肉したキリストは単一の性(神性のみ)を持つとし、両性説(神性と人性の二つ)から否定された。

ネストリウス派……5世紀。キリストは神格と人格の二つの位格に分けられるとした。

ペラギウス主義……5世紀。人間の自由意志による功徳で救われるとする説で、広く支持された。

万人救済主義……すべての人が神によって救われるとする思想。

ボゴミール派……10世紀に登場。物質的なものすべてを否定し、グノーシス主義の影響を受けていると考えられる。後にカタリ派へ影響を与えた。

ソッツィーニ派……16世紀。三位一体説とキリストの神性を否定し、キリストを模範的な人格として位置づけた。

歴史——迫害から世界宗教へ

紀元1世紀、イエスの死後に弟子たちが動き出したことが、キリスト教の直接の起源です。現代の主流的な学説によれば、当初の信徒たちはユダヤ教と分離したという意識を持たなかったとされています。転機となったのはユダヤ戦争で、70年にエルサレム神殿が崩壊したことで、ユダヤ教とキリスト教はついに完全に袂を分かちました。

4世紀頃の古代教会組織に至る詳細はいまだ多くが不明ですが、6世紀には現在の教会組織・役職・称号の形が固まりました。

ローマ帝国内でキリスト教が広がると、既存の多神教を批判し皇帝崇拝を拒んだために迫害を受け、多くの殉教者を出しました(ただし迫害の規模については疑問視する声もあります)。それでも信仰は広がり続け、4世紀初頭にミラノ勅令によって公認、やがてローマ帝国の国教となりました。

その後、キリスト教は大きく5度の分裂を経験しています。①アリウス派とアタナシウス派の分裂、②ネストリウス派の離脱、③非カルケドン派(東方諸教会)の離脱、④東西教会の分裂(1054年)、そして⑤16世紀のカトリックとプロテスタントの分裂——これらの分裂を「2回」と数える立場もありますが、それは必ずしも中立的な歴史観とは言えません。

近現代の変容

中世末期の宗教改革を経て啓蒙時代に入ると、キリスト教のあり方が根本から問い直されるようになります。理神論・不可知論・汎神論・無神論といった、それまでの西洋社会には存在しなかった思想が次々と登場・発展しました。

フランス革命などの市民革命によって西ヨーロッパ社会は脱教会化を進め、マルクスの共産主義のようにキリスト教と競合する社会運動も現れました。こうしてキリスト教の社会的影響力は以前と比べて大きく変化していきました。それでも今なお、世界中で何十億もの人々の精神的支柱であり続けていることは、驚くべき事実です。

なぜキリスト教は世界に広がったのか

歴史を振り返ると、キリスト教はその都度、時代と社会の変化に柔軟に対応してきたことがわかります。初期の段階でユダヤ文化の外にいる異邦人への宣教に積極的に取り組み、改宗者にはユダヤ教の厳格な儀式や食物規定を緩めることで、地中海世界へ広く受け入れられていきました。

当時流行していた密儀宗教の形式と共鳴しながら広がった面もあったようです。キリスト教の聖餐式が、密儀宗教の一形態として人々に受け入れられていったとも言われています。

また、既存の体制から弾圧されながらも次々と国教化されていった背景には、身寄りのない人々の世話をし、病人や戦傷者を看護し、死者を丁重に葬るような人間愛を実践する共同体組織の力があったと言われています。信仰の説得力を、言葉だけでなく行動で示し続けたことが、多くの人の心をつかんだのかもしれません。

日本のキリスト教——禁教と隠れ信仰の軌跡

日本とキリスト教の出会いは、思いのほか古い可能性があります。5世紀頃、中国でいう「景教」(ネストリウス派キリスト教)が日本に伝わっていたとする説もあります。

史実として確かなのは、16世紀にカトリック教会の司祭フランシスコ・ザビエルらが来日し、九州・西日本を中心に多くの信徒を獲得したことです。当時、キリスト教は「耶蘇教」(やそきょう)、信徒は「切支丹」(キリシタン)、宣教師は「伴天連」(バテレン)と呼ばれていました。

織田信長は宣教師に比較的好意的でしたが、豊臣秀吉はバテレン追放令を発布しました。ただし南蛮貿易を優先する政策上、実質的には黙認されていた部分も大きかったようです。

鎖国と隠れキリシタン

徳川家康も当初は比較的寛容な姿勢をとっていましたが、九州では松倉重政とその息子の勝家によるキリシタン弾圧が続けられていました。そうした激しい圧政と宗教弾圧の末、1637年、百姓とキリシタンを中心とした「島原の乱」が勃発します。この大規模な一揆は最終的に、幕府の13万にのぼる軍勢によってようやく鎮圧されました。

その後、禁教令が出され、西欧諸国との関係も慎重になり、日本は鎖国へと向かいます。以後、キリスト教徒は激しい迫害を受け、表向きには根絶したかのように見えました。しかし長崎などでは「隠れキリシタン」として、密かに信仰が受け継がれていたのです。

1865年3月、完成して間もない大浦天主堂でひとつの奇跡的な出来事が起こります。フランス人神父(後に司教)の前に、隠れキリシタンの女性が現れて信仰を告白したのです。その後、続々と隠れキリシタンたちが姿を現しました。この「信徒発見」の知らせは欧米にも伝わり、教皇ピウス9世はこれを感激して「東洋の奇蹟」と呼んだと言われています。250年以上もの間、迫害のなかで信仰を守り続けた人々の姿は、今もなお深い感動を与えます。

しかしその後、長崎奉行所と明治政府による迫害が再び始まり、全国的なキリスト教弾圧が行われました。

明治維新以降——開化と制限のはざまで

欧米諸国からの強い抗議を受け、明治政府はキリスト教禁制の高札を撤去しました。西洋文化への窓口として、またひとつの精神的な拠り所として、キリスト教と教会は多くの日本人を惹きつけました。カトリック・プロテスタント・正教会がそれぞれ教会や伝道所を開き、公に宣教を行いました。また内村鑑三のように、独自の信仰のあり方を模索した人物も現れました。

カトリックやプロテスタントによって学校や病院も建てられ、日本の近代化に大きな影響を与えました。キリスト教文化を背景に生まれた運動もあり、神戸・灘の生活協同組合(現・コープこうべ)などはその代表例のひとつです。

しかし戦前を通じて、キリスト教を取り巻く社会環境は厳しいものでした。信徒にも靖国神社への参拝が強制され、拒否した者は官憲の追及を受け、解散を余儀なくされた教派もありました。

現代の日本とキリスト教

現在、日本のキリスト教徒は人口の1%を超えない程度とされています。そのほとんどがカトリックかプロテスタント(それぞれ約50万人)で、正教会は約1万人(2001年時点)とされています。

一方で、クリスマス・バレンタインデー・キリスト教式の結婚式といった形で、信仰とは切り離されながらもキリスト教文化は日本人の日常に深く溶け込んでいます。宗教としてではなく、文化や習慣として親しまれているのが、現代日本におけるキリスト教のひとつの姿と言えるでしょう。

参考文献・ホームページ

カトリック中央協議会:https://www.cbcj.catholic.jp/

日本キリスト教協議会:http://ncc-j.org/

日本聖書協会:https://www.bible.or.jp/

キリスト教史学会:https://shsc.jp/

日本聖書学研究所:https://ajbi.org/publication.html

関西学院大学 神学部:http://www.kwansei.ac.jp/s_theology/index.html

同志社大学 神学部:https://theo.doshisha.ac.jp/

上智大学 神学部:https://www.sophia.ac.jp/jpn/academics/g/g_theo/

東京基督教大学大学院 神学研究科:https://www.tci.ac.jp/theology_department/graduate/

南山大学 人文学部キリスト教学科:http://www.ic.nanzan-u.ac.jp/JINBUN/Christ/index.html

西南学院大学 神学部:https://www.seinan-gu.ac.jp/theology/

東北学院大学 文学部総合人文学科:https://www.tohoku-gakuin.ac.jp/faculty/letters/humanities/

国際基督教大学:https://www.icu.ac.jp/

東京女子大学:https://www.twcu.ac.jp/

金城学院大学:https://www.kinjo-u.ac.jp/

日本キリスト教史 (吉川弘文館):https://www.yoshikawa-k.co.jp/book/b34221.html

《か~こ》の心霊知識