
| 【目次】 |
| 序章:闇に蠢く呪詛の姿 |
| 呪いの源流を辿る |
| 橋姫、嫉妬の鬼女 |
| 呪詛の完成形へ |
| 儀式の作法と禁忌 |
| 呪具に込められし意味 |
| 呪いが生まれる聖地 |
| 呪い返しと神々の罰 |
| 現代に生きる丑の刻参り |
| 終章:呪いという人の業 |
| 参考元 |
草木も眠る丑三つ時——現代の時計で言えば、午前2時から2時半ごろのこと。人の気配が消え、常世と現世の境界線が溶け始めるその時刻に、神域の奥深くでひっそりと、ある儀式が幕を開ける。闇の中に浮かび上がるのは、純白の死装束をまとった一人の女の影だ。顔は白粉で塗り固められ、乱れ落ちた髪はそのままに、頭の上には逆さにされた鉄輪(かなわ)が載せられている。その三本の脚にはそれぞれ蝋燭が立てられ、ゆらめく炎が女の鬼気迫る表情をぬらりと照らし出す。
胸には鏡を下げ、口には一本の櫛——あるいは剃刀——を咥えている。そして両手に握るのは、金槌と五寸釘、そして呪う相手の姿に見立てた藁人形だ。女は御神木へと近づき、憎しみをこめた目で人形を木に押しつけると、金槌を振り上げ、釘を打ち始める。カーン、カーンと静寂を引き裂く音が、境内の闇にこだまする。
これが、日本に古くから伝わる最も禍々しい呪術——「丑の刻参り」として、多くの人が心に刻んでいる光景だ。けれどもこのイメージは、単なる呪いの手順書ではない。何世紀もの時間をかけて人々の記憶に積み重なってきた、文化的な恐怖の結晶なのである。能や浮世絵、そして現代のさまざまなメディアを通じて繰り返し描かれてきたこの情景は、嫉妬や怨念という人間の根源的な情念が超自然的な力と結びついたとき、いかに恐ろしい形をとるかを、まざまざと見せつける。それは儀式の説明書ではなく、闇と復讐と聖なるものへの冒涜が渾然一体となった、完璧に演出された呪術劇なのだ。本稿では、その劇の裏に潜む「呪い」の真の姿を、ゆっくりと紐解いていこう。
現代において「丑の刻参り」といえば、人を呪い殺す邪法——というイメージが真っ先に浮かぶかもしれない。ところが、その源流をたどってみると、驚くべき事実が顔を出す。もともと「うしのときまいり」という言葉は、呪詛とはまるで無縁の、心願成就を願う純粋な信仰の営みだったのだ。
その中心地が、京の奥座敷に静かに佇む貴船神社である。古来より水の神・高龗神(たかおかみのかみ)を祀るこの強力な霊地には、「貴船の神は丑の年の丑の月の丑の日の丑の刻に降臨した」という縁起が伝わっている。だからこそ「丑の刻」は、神との交信が最もひらかれた、神聖この上ない時間帯とされていたのだ。この刻に参拝すれば、いかなる願いも届くとされ、人々は夜の闇をものともせず、貴船を目指して歩いた。平安時代の歌人・和泉式部が夫との復縁を願って貴船神社に詣で、その祈りが叶ったという逸話もある。当時の「丑の刻参り」が、もともとは希望に満ちた行為だったことを、この話はそっと物語っている。
しかし、聖なる力というものは、本質的に両義的な顔を持つ。光が強ければ、それだけ深い影が生まれるように、願いを叶える絶大な力は、人を傷つけるための力にも転じてしまう。神域へとつながる霊的な回路は、善意の祈りだけでなく、憎悪や嫉妬という激しい感情をも通してしまうものなのだろう。「丑の刻参り」が祈願から呪詛へとその貌を変えていった過程は、神聖な力が人間の情念によっていかに容易く別の目的に転用されてしまうかを示す、象徴的な事例と言える。呪詛としての丑の刻参りは、ゼロから生み出された邪法ではない。既存の神聖な「技術」を、真逆の目的のために使い始めたとき、この禁断の儀式は世に生まれ落ちたのだ。神の力そのものは中立で、善にも悪にも色づけするのは、いつの時代も人間の心である。
丑の刻参りの原型、その呪詛としての始まりを語るとき、どうしても避けて通れない存在がいる。嫉妬の炎に全身を焼かれ、生きながらにして鬼女へと変生したと伝えられる——「宇治の橋姫」だ。『平家物語』の異本「剣巻(つるぎのまき)」に記されたこの伝説は、丑の刻参りという呪術の精神的な核を形成している。
嵯峨天皇の御代のこと。ある公卿の娘が、夫の裏切りによって深く傷ついていた。夫は他の女を愛し、娘の心には凄まじい嫉妬と憎しみが渦を巻いていた。その炎はとうに常軌を逸し、ついに娘は貴船神社へと足を向ける。そして七日七晩、「貴船大明神よ、どうか私を生きながらの鬼神に変えてください。あの憎い女を、この手で殺したいのです」と祈り続けたのだという。
その凄絶な願いを哀れに思ったのか、貴船明神は神託を下す。「まことに鬼となりたければ、姿を変え、宇治川に二十一日間身を浸すがよい」と。神託を受けた娘は都へ戻り、髪を五つに分けて角のように結い上げ、顔には朱を、体には丹を塗り込めて全身を赤く染め上げた。頭には三本の松明を燃やした鉄輪を戴き、口にも両端に火を灯した松明を咥え、夜な夜な大路を南へと走り続けたという。その姿は、まさしく地獄から抜け出た悪鬼そのものであった。そして神託の通り、宇治川の急流に二十一日間浸かり続けた末、娘はついに人間の境界を越え、本物の鬼女「橋姫」へと変生を遂げた。鬼となった橋姫はその後、憎い女とその縁者、さらには裏切った男の一族までも次々と惨殺し、都の人々を恐怖のどん底へと叩き落としたのである。
ここで注目したいのは、この橋姫の伝説——丑の刻参りの原初形態においては、藁人形も五寸釘も一切登場しないという点だ。橋姫の呪いは、外部の道具に頼るものではなかった。彼女自身が、その肉体と魂を呪いの器へ、武器そのものへと変えていったのである。これは単なる呪術ではなく、極限の情念と過酷な修行によって自己の存在そのものを変質させる、シャーマニズム的な変身儀礼だった。後世の丑の刻参りが藁人形という「代理」を用いるのに対し、橋姫は自らが呪いの主体であり、客体そのものであった。丑の刻参りの真の恐ろしさの根源は、極限まで高められた人間の感情が存在そのものを変えてしまうという、その変生の可能性にこそあるのかもしれない。
橋姫の伝説に見られる、自らが鬼となる壮絶な呪法は、やがて時代とともに洗練され、より「実践的」な形へと変わっていく。現代に伝わる丑の刻参りの象徴的な姿が完成したのは、室町時代から江戸時代にかけてのことだ。その変遷には、二つの大きな文化的潮流が深く関わっている。一つは能楽の発展、そしてもう一つは陰陽道の呪術技術の浸透である。
室町時代、観阿弥・世阿弥親子によって大成された能の演目の中に、『鉄輪(かなわ)』という作品がある。夫に捨てられ後妻を娶られた女が、貴船神社に詣でて鬼と化し、復讐を果たそうとする物語だ。この中で女は神託に従い、火を灯した鉄輪(五徳)を頭に戴く姿で現れる。この演目が大衆の心をつかんだことで、「丑の刻参り=頭に鉄輪を戴く鬼女」という鮮烈なビジュアルイメージが、広く世間に定着していった。怪談の定番となった、あの白装束に蝋燭の光というイメージの原点がここにある。
そしてこの演劇的なイメージに、より実践的な呪術の「技術」を与えたのが陰陽道だった。陰陽道には古くから、人の形に似せて作った「形代(かたしろ)」や「人形(ひとがた)」を、祓いや呪詛の媒体として使う技術が確立されていた。形代の中に呪う相手の髪や爪を入れることで、両者の間に霊的なつながりを生み出し、形代への攻撃が本人に及ぶと考えられていたのだ。この技術が丑の刻参りの信仰と融合したことで、橋姫の「自己変身」に代わる新たな道具として「藁人形」が生まれた。
こうして——古来の「丑の刻に神域へ赴く」という信仰、能楽『鉄輪』が広めた「鉄輪を戴く鬼女」という視覚的イメージ、そして陰陽道由来の「藁人形と五寸釘」という呪詛の技術——この三つが一つに溶け合い、現代に伝わる丑の刻参りの形が完成した。物語の中でこの種の呪詛に対抗する存在として、しばしば伝説の陰陽師・安倍晴明が登場するのも興味深い。呪術が高度化する一方で、それを防ぐ「呪詛返し」の技術もまた磨かれていたのだろう。水面下で繰り広げられていた霊的な攻防の激しさを、その存在は静かに物語っている。
| 特徴 | 橋姫伝説 | 謡曲「鉄輪」 | 現代的丑の刻参り |
|---|---|---|---|
| 動機 | 嫉妬、復讐 | 嫉妬、復讐 | 嫉妬、復讐、憎悪 |
| 主目的 | 鬼への変身 | 鬼への変身 | 対象の殺害・傷害 |
| 主要な道具 | 術者の身体 | 鉄輪(かなわ) | 藁人形 |
| 攻撃手段 | 鬼と化した自身 | 鬼と化した自身 | 五寸釘 |
| 場所 | 貴船神社、宇治川 | 貴船神社 | 神社の御神木 |
| 背景 | 民間伝承、土着信仰 | 演劇的表現 | 伝説と陰陽道の融合 |
この変遷は、いわば呪術の「技術革新」と「大衆化」の物語でもある。橋姫のように自らが鬼となるには、常人には耐えられない覚悟と試練が要る。しかし、藁人形という外部の装置を使うことで、術者は人間のまま、憎悪のエネルギーを対象へと向けることができるようになった。その結果として呪いのハードルは劇的に下がり、特に江戸時代において丑の刻参りは広く流行したと記録されている。
丑の刻参りには、その力を最大限に引き出すための厳格な作法と、絶対に犯してはならない禁忌がある。地域や時代によって細かな差異はあるものの、核心となる手順は驚くほど一致している。
儀式は必ず「丑の刻」(午前1時から3時)に、特に「丑三つ時」(午前2時から2時半)に執り行われる。この時間帯は、呪う相手も深い眠りに落ちており、その魂を藁人形へと引き込みやすいと信じられてきた。昼間の太陽の下では決して機能しない、夜だけが持つ特別な霊的回路が、この時刻に開かれるのだという。
術者は白の死装束(白装束)をまとい、顔には死人の色を模した白粉を塗る。髪は怨念の強さを示すように振り乱し、一本歯の高下駄を履く場合もある。足元を不安定にするこの履物は、単なる演出ではなく、術者を非日常の精神状態へ追い込むための仕掛けでもある。
頭には逆さにした鉄輪(五徳)を被り、その三本の脚に蝋燭を立てて火を灯す。胸には鏡を下げ、口には櫛や剃刀を咥える。手には藁人形、五寸釘、金槌を持つ。これらが揃ってはじめて、儀式は開始できる。
儀式は一夜で終わらない。七日間、あるいは二十一日間・四十八日間と、定められた期間を毎夜欠かさず続けなければならないとされる。憎しみを込めた呪文を唱えながら、毎夜一本ずつ釘を打ち込んでいく。一日でも欠かせば、それまでの積み重ねが崩れるとも言われる。
しかし、こうした全ての作法を超えて、最も重要な禁忌が一つある。「儀式の最中は、決して誰にも姿を見られてはならない」ことだ。もし目撃された瞬間、呪いは術者自身へと跳ね返ってくると信じられている——これを「呪い返し」という。この禁忌の恐ろしさから、術者は万が一の目撃者に備え、守り刀を懐に忍ばせていたとさえ伝えられる。
不安定な履物、口に咥えた刃物、頭上から垂れる熱い蝋……術者が置かれる状況は、過酷で危険だ。この肉体的な苦痛と、夜の神社という非日常空間がもたらす精神的な緊張は、意識を通常の状態から引き剥がし、憎悪という一点に集中させるためのトランス状態を自然と生み出す。常識と理性を打ち破り、剥き出しの情念を解き放つこと——それが、この儀式の持つ心理的なメカニズムなのだ。
丑の刻参りで用いられる呪具の一つ一つは、ただの「小道具」ではない。それぞれが深い象徴と呪術的意味を宿しており、揃って初めて一つの体系として機能する。
呪詛の核を成す、最も重要な道具だ。藁人形は呪う相手の魂を宿らせるための「依り代(よりしろ)」として機能する。その原理は二つの呪術的法則に基づいている。一つは「類感呪術」——「似たものは似たものを生む」という考え方で、相手に似せた人形を傷つけることで、本人にも同じ苦痛が及ぶと信じる。もう一つは「感染呪術」——「一度接触したものは、離れても互いに影響し合い続ける」という法則で、相手の髪や爪を人形に入れることで霊的なつながりを作り出す。もともと藁人形は、疫病や厄を祓う身代わりとして川に流す浄化の道具だったが、丑の刻参りではその役割が完全に逆転し、穢れを押しつけるための媒体となっている。
術者の憎悪というエネルギーを、物理的に対象へと打ち込む媒介物だ。釘を打つ行為そのものが暴力と破壊の象徴であり、人形の頭に打てば相手の頭が、胸に打てば心臓が傷むとされる。
本来は火鉢で鍋を支える調理器具だ。生命を育む道具を天地逆に被ることは、生の秩序を転覆し、破壊と混沌をもたらすという、明確な呪術的意思表示に他ならない。
神道において鏡は神の御霊が宿る御神体とされる、極めて神聖な祭具だ。その聖なる道具を呪詛の場に持ち込む行為自体が、すでに神への冒涜である。術者自身を跳ね返ってくる呪いから守る防具としての機能と、異界への門として悪霊を召喚する触媒としての機能、両方が考えられている。
白は神聖さと清浄の色であると同時に、死者が纏う死に装束の色でもある。これを着ることは「私はすでにこの世の人間ではない」という宣言であり、自らを人間社会の法と倫理から切り離し、霊や鬼が跋扈する世界へと足を踏み入れる覚悟を示す。
これらの呪具はバラバラに存在するのではなく、一つの体系的なシステムとして機能している。神聖な場所で、死者の衣を着て、生命の道具を逆さにし、神の道具を悪用し、神の宿る木を鉄の杭で傷つける——この一連の行為は、宇宙の神聖な秩序を体系的に破壊し、生まれた混沌のエネルギーを呪いの力として使おうとする、恐るべき「宇宙的反逆」の儀式なのである。
丑の刻参りという邪悪な儀式が、なぜ神社という神聖な場所で行われるのか——この問いの答えにこそ、呪詛の本質が隠れている。それは、呪術が一種の「霊的寄生行為」だからだ。
神社とは、長年にわたる人々の祈りと信仰によって膨大な霊的エネルギーが蓄積された、いわば「パワースポット」である。呪いを物理世界に作用させるには、莫大なエネルギーが必要となる。術者はそれを自らゼロから生み出すのではなく、すでに満ちている神社の聖なる力を盗み取り、邪悪な目的のために転用しようとするのだ。
呪詛の起源として知られる代表的な舞台が、貴船神社だ。水の神が鎮まるこの地は生命の根源的なエネルギーに満ちており、その力が善にも悪にも強力に作用すると信じられてきた。橋姫伝説の舞台でもあり、「丑の刻に神に祈れば願いが叶う」という伝承を生んだ霊地でもある。
清水寺の境内にある地主神社もまた、丑の刻参りの名所として語り継がれる場所だ。ここには「いのり杉」と呼ばれる御神木があり、別名を「のろい杉」とも呼ぶ。その幹には、江戸時代から現代に至るまで数え切れないほどの五寸釘が打ち込まれた生々しい痕跡が今なお残り、この地でいかに多くの怨念が渦巻いてきたかを、無言のうちに物語っている。実際に訪れた人々は、その幹の荒々しさと、そこに込められた感情の重さに息をのむという。
儀式のクライマックスは、御神木に釘を打ち込む行為にある。天と地をつなぐ神の依り代である御神木に、人間が鍛えた鉄の釘を打ち込む——これは自然への人工の、神聖への冒涜の、最も直接的な表現だ。この行為は神社の結界を破り、蓄積された聖なるエネルギーをいわば「ショート」させ、制御不能な混沌の力として暴力的に解放させる。術者は、その解放されたエネルギーをレンズのように集束させ、憎む相手へと向けるのである。
つまり丑の刻参りは、単に「神社で」行われるのではない。神社の神聖さそのものを「燃料」として成立する、極めて倒錯した儀式なのだ。神の家を汚し、神の身体を傷つけることで、呪いはその力を得る。
丑の刻参りは、対象を破滅に導く強力な呪詛であると同時に、術者自身にとっても計り知れないリスクを伴う、諸刃の剣だ。その最大の危険が「呪い返し(のろいがえし)」と呼ばれる現象である。
儀式の絶対的な禁忌は「他人の目に触れてはならない」こと。もし目撃された場合、術者の憎悪という一点に集中されていた呪いのエネルギーは行き場を失い、発生源である術者自身へと逆流してくる。対象に与えるはずだった苦しみの数倍となって返ってくるとも言われ、術者を廃人にするか、あるいは命を奪う。目撃者を排除しなければならないとされた恐ろしい掟の背景には、この切実な霊的力学があった——それは秘密保持のためではなく、自らの命を守るための、究極の選択だったのだ。
また、儀式が満願成就に近づいた最後の夜、術者の前に黒い牛の姿をした神の使い、あるいは魔物が現れ、その道を阻むという伝承もある。これは神が覚悟を試す最後の試練とも、これ以上進めば後戻りできないという最後の警告とも言われる。この障害に怯めば呪いは成就せず、それを乗り越えて最後の釘を打ち込んで初めて、願いは叶うとされるのだ。
たとえ儀式が成功し、憎い相手を思い通りにできたとしても、それで終わりではない。仏教的な因果応報の理から見れば、人を呪い殺すことは最悪の殺生罪にあたり、術者の魂は永遠に地獄の業火に焼かれることになる。さらに、呪い殺された相手やその縁者から、今度は自分が憎まれることになる。こうして憎しみの連鎖は永遠に続き、術者は呪いが成就した瞬間から、次の呪いに怯える日々を送ることになるのだ。呪いとは、成否に関わらず、術者自身の魂を最も深く汚し、傷つける行為なのである。
科学技術が社会の隅々まで浸透し、多くの迷信が過去の遺物となった現代においても、丑の刻参りは静かに息を続けている。人間の根源的な感情である憎悪や怨念が消えない限り、この古の儀式が選ばれることは、決して珍しくないのだ。
近年でも、丑の刻参りに関連する事件は後を絶たない。2022年には、政治家の写真を貼り付けた藁人形を御神木に打ち付けた男が、建造物侵入や器物損壊の容疑で逮捕された。恋愛のもつれからストーカー行為に発展し、藁人形を用いて相手を脅迫した男が逮捕された事例もある。昭和29年には、丑の刻参りによって呪われたと信じ込み実際に体調を崩した女性がおり、呪いをかけたとされる人物が脅迫罪で検挙された記録も残っている。
現代の法治国家では、呪いという超自然的行為そのものを罰することはできない。刑法上「不能犯」と解釈され、危険性がないと見なされるためだ。しかし、儀式に付随する現実の行為——夜間に神社に忍び込む「建造物侵入罪」、御神木に釘を打つ「器物損壊罪」、呪いを告げて恐怖を与える「脅迫罪」——によって、術者は現実の法律に裁かれることになる。
さらに奇妙なことに、この禍々しい儀式は現代の資本主義の中で商品化さえされている。「日本呪術協会」を名乗る団体がインターネット上で「藁人形セット」を販売したり、多忙な依頼者に代わって丑の刻参りを代行するサービスを提供したりしているという報告もある。憎悪の念が、金銭によって取引される——まさに現代ならではの倒錯した光景だ。
現代における丑の刻参りは、極めて断片化された形で存在している。今なお効果を信じる真剣な呪術として、法の下で裁かれる犯罪行為として、あるいは利益を生むコンテンツとして。本来、聖と俗、生と死、神と魔が渾然一体となった重層的な宇宙観の中に位置づけられていたこの儀式は、その文脈から切り離され、人々の都合の良いように解釈され利用される、一つの文化的記号へと変容しつつあるのかもしれない。
丑の刻参りの歴史、作法、そしてその霊的思想を深くたどっていくと、一つの結論にたどり着く。この儀式は単なるオカルトの話題ではなく、人間の「業(ごう)」そのものの、極端で純粋な発露なのだ、と。
愛が裏切られたとき、それは最も激しい憎悪へと転化する。社会的な正義にも法的な救済にも見放されたとき、人は人ならざるものの力に縋ろうとする。丑の刻参りとは、あらゆる関係性と社会構造と個人の精神が崩れ落ちた末に行き着く、魂の最後の叫びなのかもしれない。
その存在は、人間社会が内包する闇を映し出す一枚の黒い鏡だ。丑の刻参りという儀式が存在し続ける限り、それはこの世界に救済されない深い苦しみと絶望が存在することの証明に他ならない。御神木に打ち込まれる一本一本の釘は、超自然的な攻撃である以前に、希望が潰えた魂が発する悲痛な呻き声なのである。
呪いの真の恐怖は、その霊的な効果にあるのではない。それほどまでに人を追い詰める、この世の非情さと人間の心の脆さにこそ、我々は戦慄を覚えるべきなのだ。そして、たとえ呪いが成就したとしても、その先に待つのは虚無と、終わることのない憎しみの連鎖だけである。呪いという行為は、何よりもまず術者自身の魂を闇へと縛り付ける。人の心に嫉妬と憎悪の炎が燃え続ける限り、丑の刻の神社の闇は、これからも救われぬ魂たちを静かに招き入れ続けるのだろう。それこそが、人間という存在が背負い続けねばならない、深淵なる業なのである。
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ダ・ヴィンチWeb:「丑の刻参り、きつねの窓… 日本に伝わる呪術の奥深い世界」:https://ddnavi.com/article/d1276870/a/
カクヨム:「式神わらびちゃんは悩まない」:https://kakuyomu.jp/works/1681733065079...
国立国会図書館 レファレンス協同データベース:「昭和29年、丑の刻参りによって本当に体調を崩した女性がおり、呪いをかけた女性が脅迫罪で逮捕されたという事件をインターネットで見たが、事件を報じた新聞記事はあるか。」:https://crd.ndl.go.jp/reference/entry/...
Lmedia:「丑の刻参りは犯罪になる?弁護士が法律違反になるケースを解説」:https://lmedia.jp/2018/03/28/84270/
NEWSポストセブン:「わら人形販売サイトが盛況 呪い代行サービスも月100件」:https://www.news-postseven.com/archives...
週刊女性PRIME:「"呪い"は自分に返ってくる? 藁人形で話題の「丑の刻参り」のルーツと呪いの作法」:https://www.jprime.jp/articles/-/23676?...