
| 序章:幽冥の境界に現れる半物質、エクトプラズムとは何か |
| 第一章:心霊主義の黎明と物質化現象の探求 |
| 第二章:科学のメス―心霊研究のパイオニアたち |
| 第三章:交霊会の主役たち―伝説の物理霊媒とその現象 |
| 第四章:暴かれたトリックと懐疑論の視座 |
| 第五章:神智学と人智学―エーテル体と霊的物質化の思想 |
| 第六章:日本の心霊研究―福来友吉と「念写」の謎 |
| 終章:エクトプラズムが現代に問いかけるもの |
| 参考元 |
エクトプラズム。その言葉を聞いた時、あなたの脳裏にはどんなイメージが浮かぶだろうか。薄暗い部屋、ろうそくの揺らめく光、そしてトランス状態に陥った霊媒の口から、静かに、しかし確かな意志を持って滲み出てくる白い物質――そんな光景かもしれない。あるいは、1984年の映画『ゴーストバスターズ』でスライマーにぶつかった主人公が全身ドロドロになるシーンを思い浮かべる人もいるだろう。だが、心霊主義の歴史の中に登場する「本物の」エクトプラズムは、映画のそれとは少し異なる、もっと奇妙で複雑な存在だった。
エクトプラズムとは、霊媒の体――とりわけ口や鼻、耳といった開口部――から放出されるとされた、半物質的な実体のことだ。フランスの医師ギュスターヴ・ジュレが残した記録によれば、その姿は「蒸気のような霞であることもあれば、粘性のあるペースト状、あるいは細い糸の束、フリンジのついた膜のような形」を取ることもあったという。物質としての一貫した形を持たず、その時々によって全く異なる姿で現れる。これだけでも、この物質がいかに掴みどころのない存在だったかがわかるだろう。
さらに、目撃者たちの証言には共通した不思議な特徴がある。エクトプラズムは触れると氷のように冷たく、オゾンに似た独特の匂いを漂わせ、そして何より光を極端に嫌ったという。暗闇の中でこそ力を発揮し、予期せぬ強い光を浴びると激しく収縮して霊媒の体内に逆流し、霊媒に耐え難い苦痛を与えると言われていた。これが詐術師の演技だとしたら、実に周到な設定である。だが、もしも本物だとしたら……?
この謎めいた現象に「エクトプラズム」という科学的な響きを持つ名称を与えたのは、ノーベル生理学・医学賞受賞者でもあるフランスの生理学者シャルル・リシェだった。1894年、彼はイタリアの霊媒エウサピア・パラディーノの調査中にこの言葉を使い始め、翌1895年には自身の著書『生理学辞典』に正式に記載したとされる。ギリシャ語で「外」を意味するektosと、「形成されたもの」を意味するplasmaを組み合わせた造語だ。生物学の「プロトプラズム(原形質)」を連想させるこの命名は、単なる言葉遊びではなかった。霊魂の産物として宗教的に語られてきた現象を、未知の生物学的プロセスとして科学の俎上に引き上げようとする、大胆な意図を秘めていたのである。
なお、「エクトプラズム」という言葉が誕生する以前にも、似た概念は存在していた。フランスの貴族アジェノール・エティエンヌ(ガスパリン伯)が提唱した「エクテニック・フォース(ectenic force)」という言葉がそれで、交霊会における霊的・精神的エネルギーの物理的発現を説明するために用いられていた。リシェの命名は、こうした先行する思想の系譜の上に立ちながら、より医学的・科学的な権威をまとったものだったと言える。
リシェの後を継いで研究者たちは「テレプラズム」「サイコプラズム」「イデオプラズム」など、様々な類似用語でこの謎の物質を呼び続けた。呼び名は変わっても、中心にあった問いは変わらない。あの白い物質は、いったい何だったのか?
エクトプラズムという概念が歴史の舞台に現れた背景には、19世紀半ばから欧米を席巻した大きな精神運動――心霊主義(スピリチュアリズム)の興隆がある。1848年、ニューヨーク州の農家に住むフォックス姉妹が不思議なラップ音(壁を叩くような音)を体験し、それが死者のメッセージであると主張したことが、この運動の始まりとされる。その噂は瞬く間にアメリカ中に広がり、やがて大西洋を越えてヨーロッパ、さらには南米へまで波及していった。
面白いことに、この心霊主義が隆盛した時代は、同時に科学的唯物論が世界を席巻していた時代でもある。産業革命が生み出した合理主義の波は、かつて人々の心を満たしていた神秘や宗教の場所を、着々と侵食していた。マックス・ウェーバーが後に「世界の脱魔術化」と呼んだこの現象に対し、心霊主義は強力なカウンターとして立ち現れた。その核心にあったのは、魂の不滅や死後の世界の存在を、信仰の問題としてではなく、実験で再現できる「事実」として証明しようという試みだった。科学に科学で対抗する、という逆説的な戦略と言えるかもしれない。
初期の心霊現象といえば、壁を叩くラップ音やテーブルがひとりでに傾く「テーブル・ターニング」など、比較的穏やかなものが中心だった。しかし時代が進むにつれ、心霊主義に求められる「証拠のハードル」もどんどん上がっていく。懐疑的な科学者たちの目を納得させるためには、より具体的で、より手で触れられるような証拠が必要だった。
こうして探求の焦点は、自動書記やトランス状態での語りといった精神的な現象から、霊の姿そのものを物理的に現出させる「物質化現象」へと移っていった。そして、その物質化の「原料」こそがエクトプラズムだと考えられたのである。霊媒の体から滲み出したこの白い物質が、霊的な知性の手によって少しずつ形を変え、亡き愛する者の手や顔、時には全身の姿となって現れる。愛する者を亡くしたばかりの家族にとって、それはどれほど深い慰めだったことだろう。エクトプラズムは、見えない世界と見える世界を繋ぐ、奇跡の架け橋として求められたのだった。
エクトプラズムの存在は、科学界に大きな波紋を投げかけた。多くの科学者が迷信や詐欺として一蹴する中、一部の研究者たちは自らのキャリアを危険にさらしながら、この謎に真正面から向き合ったのである。
その代表格が、「エクトプラズム」の命名者でもあるシャルル・リシェ(1850-1935)だ。アナフィラキシーショックの研究でノーベル賞を受賞した一流の生理学者が、心霊現象の真摯な研究者でもあったという事実は、今日でも多くの人を驚かせる。リシェはイタリアの霊媒エウサピア・パラディーノの調査を通じて現象の客観的な記録に努め、霊魂の仕業とは断言しないまでも、「なんらかの未知の力が働いている」と結論せざるを得ないと語っている。
エクトプラズム研究の歴史を語る上で欠かせないもう一人の人物が、ドイツの医師アルベルト・フォン・シュレンク=ノッチング(1862-1929)だ。彼の主著『物質化現象』(1923年英語版刊行)は、フランス人霊媒エヴァ・カリエールがエクトプラズムを放出する様子を捉えた200枚以上の写真で構成された、衝撃的な書物だった。シュレンク=ノッチングは、これらの現象を「死者の霊の仕業」として解釈することを避け、代わりに「イデオプラスティー(観念形成)」という概念を提唱した。つまり、霊媒の精神活動が未知の生体物質に直接作用して像を結ぶ、という心理物理学的な仮説だ。
ただし、シュレンク=ノッチングとエヴァ・カリエールとの関係は、科学的な調査の枠をやや超えた複雑な様相を呈していた。のちに記録された証言によれば、セッションはしばしばエロティックな雰囲気を帯び、カリエールが詐術を防ぐためと称して行われた身体検査は、今日の倫理的基準からすれば到底許容されないものだったという。当時の「科学的調査」がはらんでいた権力関係の歪みは、現象の信憑性評価を一層複雑にさせる要因でもある。
フランスの医師ギュスターヴ・ジュレ(1865-1924)もまた重要な存在だ。国際形而精神学協会(IMI)の所長として、エヴァ・カリエールをはじめ多くの霊媒を調査した彼は、物質化された手足の石膏型を作成するなど、現象の物理的証拠を収集することに精力を注いだ。彼が残した詳細な記述は、エクトプラズムの多様な形状を知る上で今なお貴重な資料とされている。
これらの先駆者たちに共通していたのは、写真技術への深い信頼だった。「カメラは嘘をつかない」――彼らはそう信じ、フラッシュの閃光の中に浮かび上がるエクトプラズムの姿をデータとして記録しようとした。しかし、皮肉なことに、写真はやがて彼らの信頼を裏切る道具ともなった。エヴァ・カリエールのエクトプラズムから現れたとされる「霊の顔」が、実はフランスの雑誌『ル・ミロワール』から切り抜いた写真だったことが、まさにその写真自体の分析によって明らかにされたのである。ウッドロウ・ウィルソンやブルガリア王フェルディナンド、フランス大統領レイモン・ポワンカレの顔が、雑誌のバックナンバーと一致したという。科学的客観性の象徴であったはずの写真が、欺瞞をも白日の下に晒す両刃の剣だったのだ。
エクトプラズムの黄金時代を彩ったのは、科学者たちの厳格な視線と信奉者たちの熱烈な期待が入り混じる交霊会という舞台で、その謎めいた現象を体現した一握りの霊媒たちだった。彼女たちは稀有な才能の持ち主だったのか、あるいは稀有な詐術師だったのか――その答えは、いまも霧の中に揺れている。
イタリア・ナポリ出身の、学校にもろくに通えなかった農家の娘。エウサピア・パラディーノはそんな女性だったが、その名はやがてヨーロッパ中の科学者を唸らせることになる。19世紀末から20世紀初頭にかけて、彼女の交霊会では信じ難い光景が繰り広げられた。テーブルが宙を舞い、楽器が独りでに鳴り響き、何より参加者の体に触れたり、姿を現したりする「物質化された手」が頻繁に観察されたという。シャルル・リシェ、犯罪学者チェーザレ・ロンブローゾ、物理学者オリバー・ロッジといった当代一流の学者たちが彼女を調査し、その不可解さに困惑した。
しかし、パラディーノのキャリアは輝かしい現象と露骨な詐術が奇妙に同居するものでもあった。監視役の手を巧みにすり替えて片手を自由にし、その手や足でテーブルを操作したり物品を動かしたりする場面が、幾度となく現場で確認されている。不思議なのは、詐術の現場を押さえられても、彼女の「本物」と思わせる現象への評価がゼロにはならなかったことだ。彼女の存在は、物理霊媒現象に常に付きまとう「真か偽か」という問いの難しさを、まさに体現していたとも言える。
マルテ・ベロー、あるいはマルト・ベローとしても知られるエヴァ・カリエールの物語は、不思議な出発点から始まる。彼女が霊媒として初めて注目されたのは1905年のことで、友人たちとの交霊会において、300年前のヒンドゥー教のバラモン「ビエン・ボア」という霊の物質化を成功させたと主張したのがきっかけだった。しかし、この交霊会はほどなく詐欺であると暴かれる。1909年、彼女はエヴァ・カリエールという新しい名を名乗り、キャリアを一からやり直した。
シュレンク=ノッチングとジュレの研究によって世界的に名を知られるようになった彼女の交霊会は、豊富なエクトプラズムの放出で有名だった。口や鼻、時には胸元から流れ出す白い物質が、やがて人間の顔や姿を形作る様子が、数多くの写真に収められている。アーサー・コナン・ドイルはその能力を本物と信じた一方、ハリー・フーディーニは懐疑的だった。
1920年、ロンドンの心霊研究協会(SPR)が彼女を調査した際、放出されたエクトプラズムが噛み砕いた紙でできていたことが判明し、さらに「霊の顔」が雑誌の切り抜きであったことも暴露された。前述のウィルソン大統領らの顔が、まさにその証拠だ。それでも、彼女の信奉者たちが信頼を失わなかったのは、おそらく「信じたい」という人間の強い感情が、証拠の解釈を左右していたからかもしれない。
エヴァ・カリエールと並んで、20世紀前半に最もよく知られたエクトプラズム霊媒の一人に、スコットランド出身のヘレン・ダンカンがいる。彼女の名が歴史に刻まれているのは、その超常現象の真偽だけではなく、1735年制定の「ウィッチクラフト法(魔術行為法)」によってイギリスで有罪判決を受けた最後の人物であるという点においても、だ。
ダンカンが霊媒としての能力を開花させたと主張し始めたのは1926年頃のこと。当初はクレアボヤント(透視者)として活動していたが、やがて物理的な物質化現象を起こす能力があると称し始め、口からエクトプラズムを放出して完全な霊体を現出させると主張するようになった。
1928年から彼女と仕事をした写真家ハーヴェイ・メトカーフが残した写真は、意図せず彼女の詐術を暴くことになった。写真には、白いシーツを被せた塗装済みの張り子のマスクがワイヤーハンガーで持ち上げられている様子が、はっきりと写っていたのだ。さらに、霊媒研究の権威ハリー・プライスが1931年に行った調査では、彼女が交霊会の前にチーズクロス(薄い綿布)を飲み込み、会中に吐き出してエクトプラズムを演出していたと結論付けた。その「エクトプラズム」を化学分析すると、卵白・チーズクロス・各種化学薬品の混合物だったという。1933年、エディンバラでの交霊会中に参加者が「霊体」を掴んで布製であることを確認し、警察が呼ばれてダンカンは詐欺の罪で逮捕された。
アメリカ・ボストンを拠点としたミーナ・クランドン、通称「マージェリー」は、20世紀で最も有名な霊媒論争の主役だった。科学雑誌『サイエンティフィック・アメリカン』が超能力者に懸けた賞金を巡り、彼女の能力の真偽が、当代一流の専門家チームによって真剣に検証されることになったのである。
彼女の交霊会では、亡き兄ウォルターの声が暗闇に響き渡り、物体が空中を飛び交い、エクトプラズムから形成された「霊の手」がワックスに指紋を残すという現象が起きた。コナン・ドイルのような心霊主義の擁護者も委員会に名を連ねたが、マージェリーの前に立ちはだかったのは、稀代の奇術師ハリー・フーディーニだった。
フーディーニは鋭い観察眼でマージェリーのトリックを次々に見抜き、すべては詐術だと断じた。特に、ワックスに残された「霊の指紋」が、後にマージェリーのかかりつけ歯科医のものと一致したと特定されたことは、彼女の信憑性に致命的な打撃を与えた。しかしそれでも彼女の信奉者は残り、論争は彼女の死後も長く続いた。
心霊研究の歴史が深まるにつれ、エクトプラズム現象の裏に潜む詐術の技法もまた、次第に白日の下に晒されていった。その解明に最も貢献したのは、実験科学者ではなく、人の目を欺くことを生業とするプロの奇術師たちだった、というのは何とも皮肉な話である。
エクトプラズムの偽造に最もよく用いられた素材は、ガーゼやモスリン(薄手の綿布)だった。これらを石鹸・ゼラチン・卵白などと混ぜ合わせることで、より粘性のある「それらしい」質感に仕上げた。霊媒はこれを事前に小さく丸めて飲み込み、交霊会の暗闇の中で吐き出す手法を用いた。ヘレン・ダンカンの場合はチーズクロスが使われていたことが化学分析で確認されているし、エヴァ・カリエールの「エクトプラズム」は噛み砕いた紙だったと判明している。さらに、布に雑誌から切り抜いた写真をピンで留めることで、「霊の顔」が出現したように見せかけるトリックも頻繁に用いられた。
この詐術との戦いにおいて最大の功労者の一人が、ハリー・フーディーニだった。彼の強みは物理や生理学の専門知識ではなく、人間の心理と知覚の限界を誰よりも深く理解していた点にある。暗闇が人間にどれほど大きな錯覚を引き起こすか、期待感が観察を曇らせるとはどういうことか――それを舞台で毎晩体験していたフーディーニにとって、霊媒の手口はある意味で「同業者の技」として見えていたに違いない。
フーディーニはマージェリーが足を使ってベルを鳴らすことを見破り、それを封じるための特殊な拘束箱を考案した。霊の手形をワックスに取るトリックに対しては、生身の人間が同じことをできると実演してみせた。科学者たちが精密な測定器を信じる一方、フーディーニが信じたのは自分自身の目と、詐術師としての経験則だった。
この対立が浮き彫りにしたのは、「超常現象を調査するのに必要な専門性とは何か」という根本的な問いだ。物理学や生理学の専門家は自然法則には詳しくても、意図的な「人間による騙し」を見抜く訓練は受けていない。一方、奇術師はまさにその「騙し」を専門とする。この経験が、後の超常現象研究に「懐疑的奇術師の視点」を組み込む必要性を、歴史に深く刻み込んだのである。
エクトプラズムを巡る議論はいつも「本物か、詐欺か」という単純な二択に陥りがちだった。しかしオカルト思想の世界には、この問いそのものを別の視点から問い直す、より奥深い枠組みが存在する。それが、神智学や人智学による「エーテル体」の概念だ。
19世紀後半にヘレナ・P・ブラヴァツキーが創始した神智学は、人間を単なる物質的な肉体以上の存在として捉える。目に見える肉体と重なり合うようにして、より繊細なエネルギーの身体が存在すると説く。その中で肉体に最も近い層が「エーテル体(幽体)」であり、生命力を維持し、肉体の設計図の役割を担う存在だ。この視点に立つならば、エクトプラズムは外部の霊が利用する物質ではなく、霊媒自身の生命エネルギー――エーテル体の一部――が、特殊な条件下で一時的に肉体の外へと物質化したもの、と解釈できる。
この思想をさらに精緻に展開したのが、神智学協会から独立してルドルフ・シュタイナーが創始した人智学(アントロポゾフィー)だ。シュタイナーは人間を「物質体」「エーテル体」「アストラル体」「自我」という四つの構成要素から成る存在として捉えた。彼によれば、私たちが「物質」として認識するものは、究極的には凝縮された「霊」に他ならない。この観点からエクトプラズム現象を見ると、それは霊媒の内部でこれら四つの体の結びつきが一時的に緩み、通常は超感覚的な領域にとどまっているエーテル体やアストラル体の一部が、物理次元へと「析出」するプロセスとして理解することができる。
このエーテル体理論が提示するのは、「真か偽か」という二択とは異なる「第三の道」だ。現象は詐欺ではないかもしれない。しかし、その源泉は外部の死霊でもない。エクトプラズムが形成する顔や手が霊媒自身の関係者に似ていたり、シュレンク=ノッチングの言う「イデオプラスティー」のように霊媒の無意識から像が浮かび上がったりするのは、その物質が霊媒自身の生命体から由来するからだ、と説明できる。この解釈は、現象の神秘的な側面と、個人的・主観的に見える側面の両方を、より高い次元から統合しようとする試みだ。信じるか信じないかはともかく、この視点が現象の複雑さに正直に向き合っていることは、認めてよいだろう。
エクトプラズムを巡る熱狂は、決して欧米だけのものではなかった。ほぼ同時期の日本でも、精神の力が物質に影響を及ぼすという同様のテーマを巡って、激しい探求と論争が繰り広げられていた。その中心にいたのが、東京帝国大学の心理学者・福来友吉博士(1869-1952)だ。
福来は岐阜県高山市の生まれで、苦労して帝国大学へ進み、「変態心理学」を専攻した異色の研究者だった。催眠状態の心理学的研究で1906年に文学博士号を取得し、東京帝国大学文科大学の講師・助教授を務めた、正統な学者である。だからこそ、彼が後に辿る運命は、いっそう悲劇的な輝きを帯びている。
明治末期、日本社会は「千里眼事件」として知られる一大騒動に揺れた。御船千鶴子や長尾郁子という女性たちが透視や念写の能力を持つとして注目を集め、福来博士や京都帝国大学の今村新吉ら学者がその科学的解明に乗り出したのである。
福来が特に情熱を注いだのが「念写」の研究だった。カメラを使わず、精神を集中させるだけで写真乾板に直接イメージを焼き付けるという現象だ。彼は数々の実験を通じて念写の実在を確信し、その成果を著書『透視と念写』で発表した。しかし、この発表は学界からの猛烈な批判と排斥を招き、最終的に大学を追われるという痛ましい結末を迎えた。
一見すると、欧米のエクトプラズムと日本の念写は全く異なる現象に思える。前者は三次元的な物質の生成であり、後者は二次元的な画像の生成だ。しかし、その根底にある問いは驚くほど似通っている。どちらも「精神(意識)という非物質的なものが、物質(あるいはエネルギー)に対して直接的な作用を及ぼすことができるのか」という、哲学の最深部に関わる問いを核にしている。エクトプラズムが霊媒の生命エネルギーから物質を紡ぎ出すとすれば、念写は能力者の精神エネルギーが光を紡ぎ出して乾板を感光させる。福来博士がこれらの現象の根源を仏教的な「観念」の働きに見出したことは、この普遍的テーマに対する日本独自のアプローチだったと言えるだろう。
そして、欧米の研究者たちと福来友吉が辿った運命の類似性は、非常に示唆に富む。シュレンク=ノッチングもリシェも、そして福来も――彼らは皆、自らの専門分野で高い評価を得た科学者でありながら、未知の現象を真摯に探求したがゆえに、時代の主流学術界から異端視され、排斥された。この東西に跨る悲劇の平行性は、20世紀初頭の主流科学が唯物論的パラダイムに収まらない現象をいかに受容できなかったか、その限界を静かに告発している。
エクトプラズムと物理霊媒が脚光を浴びた時代は、20世紀半ばを境に静かに幕を閉じていった。度重なる詐術の暴露が現象全体の信憑性を傷つけ、人々の関心はより精神的なチャネリングなどへとその向きを変えていった。現代の超心理学においても、歴史的なエクトプラズムの記録は管理条件の不備と詐術の横行によって汚染されており、客観的な証拠としての価値はほとんどない、というのが一般的な見解だ。
では、エクトプラズムの物語は、過去の迷信と欺瞞の歴史として棚上げしてしまえばいいのだろうか。そうは思わない。
エクトプラズムという現象は、それが事実だったか、嘘だったかという単純な問いを超えて、いくつもの深い問いを現代の私たちにも投げかけてくる。一つは、人間の「信じたい」という強烈な願望と、それに付け込む「欺きたい」という欲望が、歴史の中でどれほど複雑に絡み合ってきたか、という問いだ。もう一つは、未知の現象を前にした時、「科学」という名のメスがいかに無力であり、またいかに鋭く真実を切り開くか、という方法論への問いだ。
そして何より、エクトプラズムは「意識とは何か」「物質とは何か」「両者はどのように関わり合っているのか」という、人類が問い続けてきた根源的な謎を、粘着質で、冷たく、しかしどこか生命の源泉を思わせる白い物質の姿を借りて、私たちの眼前に差し出した事件だった。
エクトプラズムが稀に発現する未知の生体機能だったのか。ある時代精神が生み出した集団的な幻覚だったのか。それとも、暗闇の交霊会という舞台で演じられた壮大な詐欺劇だったのか。おそらく、答えは一つではない。真実、願望、欺瞞、未知なるものが複雑に絡み合った、解きほぐすことのできないタペストリー――それがエクトプラズムの正体なのかもしれない。確かなことは、この神秘の物質が今なお私たちの心の奥底にある「見えない世界への憧れと畏怖」を静かに刺激し続けている、ということだ。それだけで、この不思議な物質の物語は、語り継がれる価値を持っていると言えるのではないだろうか。
Ectoplasm | Encyclopedia.com:https://www.encyclopedia.com/philosophy...
Ectoplasm (paranormal) - Wikipedia:https://en.wikipedia.org/wiki/Ectoplasm...
A Brief History of Ectoplasm - Efram Sera-Shriar:https://www.eframserashriar.com/post/a-...
(PDF) Materialising the Medium: Ectoplasm and the Quest for Supra-Normal Biology in Fin-de-Siècle Science and Art - ResearchGate:https://www.researchgate.net/publication...
長 尾 天 - researchmap:https://researchmap.jp/tnagao/published...
エクトプラズム-真霊論-日本最大級の心霊知識集合体:https://www.shinreiron.com/kaku_a_42_ec...
シャルル・ロベール・リシェ - Wikipedia:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8...
Bawdy Technologies and the Birth of Ectoplasm | Genders 1998-2013 | University of Colorado Boulder:https://www.colorado.edu/gendersarchive...
エクトプラズム - Wikipedia:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8...
心霊主義 - Wikipedia:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%83...
スピリチュアリズムと心霊研究:https://meiji.repo.nii.ac.jp/record/13...
『スピリチュアリズムの時代 1847-1903』(紀伊国屋書店)|碧海寿広(ちえうみ書評委員):https://chieumiplus.com/article/c-book...
フルーリ・ジョゼフ・クレパンと近代心霊主義 - 京都産業大学 学術...:https://ksu.repo.nii.ac.jp/record/2930...
物質化現象 - Wikipedia:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%A9...
シュルレアリスムと心霊学の一接点 ―― タンギーの不定形物体とエクトプラズムを巡って:https://www.bijutsushi.jp/pdf-files/re...
Phenomena of Materialisation (1923) — The Public Domain Review:https://publicdomainreview.org/collecti...
Albert von Schrenck-Notzing - Wikipedia:https://en.wikipedia.org/wiki/Albert_vo...
Educating the Mediums. Albert von Schrenck-Notzing's Work of Purification on Spiritualism:https://www.researchgate.net/publication...
Gustave Geley | Psi Encyclopedia:https://psi-encyclopedia.spr.ac.uk/arti...
Ethereal Body: The Quest for Ectoplasm - Cabinet Magazine:https://www.cabinetmagazine.org/issues/...
'Ectoplasm', paper delivered at the Body Modification 11 conference, Department of Critical and Cultural Studies, Macquarie University, 21 — 23 April, 2005 | Martyn Jolly:https://martynjolly.com/2013/05/10/ecto...
Eva Carrière - Wikipedia:https://en.wikipedia.org/wiki/Eva_Carri...
The History Of Spiritualism, Vol. II - Roy Glashan's Library:https://freeread.de/@RGLibrary/ArthurCo...
Eusapia Palladino - Wikipedia:https://en.wikipedia.org/wiki/Eusapia_P...
Electric Girls and the Invisible World - Laura Larson:https://www.lauralarson.net/electric-gi...
エヴァ・カリエール - Wikipedia:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8...
Eva Carrière - Wikiwand:https://www.wikiwand.com/en/articles/Ev...
Mina Crandon - Wikipedia:https://en.wikipedia.org/wiki/Mina_Cran...
HOUDINI'S GREATEST NEMESIS — American Hauntings:https://www.americanhauntingsink.com/ma...
The Magician and the Medium Margery (episode 244) - HUB History: Boston history podcast:http://www.hubhistory.com/episodes/the...
Houdini's Greatest Trick: Debunking Medium Mina Crandon - Mental Floss:https://www.mentalfloss.com/article/534...
Margery producing ectoplasm - WILD ABOUT HARRY:https://www.wildabouthoudini.com/2014/0...
神智学大要 1 エーテル体 アーサー・E・パウエル - 古本買取 2手舎/二手舎 nitesha 写真集 アートブック 美術書 建築:https://www.nitesha.com/?pid=121304064
神智学大要 第1巻 エーテル体/アーサー・E・パウエル(編) 仲里 誠桔 ...:https://flareplus.com/35644
心の教育 - 東大新報:https://www.t-shinpo.com/tokusyu/kokoro...
【1238】霊視と霊聴 (ロサ・ミスティカ叢書) ルドルフ シュタイナー (著),西川 隆範 (翻訳) 出版:水声社:https://perol.jp/SHOP/reisitoreityou00...
人智学における人間の内面の成長のあり方 シュタ イナー「神秘劇」に流れる概念の整理を中 - CORE:https://core.ac.uk/download/563935224.pdf
千里眼事件 - Wikipedia:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%83...
第1章 千里眼実験を読む|本の万華鏡 第13回 千里眼事件とその時代 ...:https://www.ndl.go.jp/kaleido/entry/13/...
福来友吉の神秘世界 ― 千里眼事件その後 岡本正志氏(2/2ページ) - 中外日報:https://www.chugainippoh.co.jp/article...
Ectoplasm – 1646:https://1646.nl/program/ectoplasm/